第11話 別れは突然に
朝は武器の整備や配置の確認、依頼の吟味など。
忙しくも充実した時間であった。
ただそれももう無い。
その癖だけがしっかりと、俺の身に擦りついている。
のんびりとした一日の始まりは、少し窮屈でもある。
階下に降りると、やはりというかさすがというか、その人物は既にいた。
「おはよう。エルナスおばさん」
「あら、随分と早いのね」
最近は居候に先を越されることもままあったが。
そんなラルカも今日はまだ寝ている。
昨夜は眠れなかったのだろうか。
「なにか手伝えることは? 朝食の準備とか……どう?」
「それは切実に辞めてちょうだい。代わりに――」
◆◆◆
ノックを数回で反応なし。
我が家のルールに則り、そのまま戸をこじ開ける。
「おい、起きろ」
「う~ん。あと一分……」
「それは少し、自分に厳しくないか?」
「……はい、起きます」
黒のゴシック調の寝間着をグズグズに崩しながら、寝床から這い出るラルカ。
ゆったりと意識が覚醒していき、こちらを見て目をパチクリさせる。
「ってなんで!? なんでいるの!」
瞬く間に後退し、部屋の隅に身を寄せるラルカ。
「気にすんな」
「気にするわ! 勝手に部屋に入るな!」
「起こしてほしいって頼んだんだろ?」
「エルナスおばさまにね!」
ぶつくさと抗議するラルカを流しつつ、次にまだあどけなさが残る青髪の少女。
全身をすっぽり覆う寝巻きを身につけた、静かな寝息を立てるリリーに揺さぶりをかける。
が、こちらは案の定苦戦する。
「おーい、起きろ朝だぞ」
「むにゃむにゃ」
声をかけても起きる気配がない。
しょうがねえ。
かけてあった布団を引っ剥がしちょうどよく昇る陽射しをおみまいする。
「う……うう……やめて」
「起きたか?」
「ひれつ……ひきょう」
「そりゃどうも」
こうして全員が揃ったところで朝飯を頂く。
食卓が何とも静か――いや、落ち着いているのは、こいつが騒がしくないからだろう。
「ラルカ、体は大丈夫か?」
「うん。貴方のおかげよ。ありがとう」
「いや……気にすんな」
正面から礼を言われるとなんだかむずかゆい。
なんだかやけに素直だな。
「で、そのね……帰ることにしたわ」
唐突だった。
リリーもピクリと眉を動かす。
「好きなだけ家にいていいって言ったんだけどね」
おばさんには先んじて伝わっているらしい。
俺達に言うのは気が引けたのだろうか。
彼女の立場を考えれば、このままここで暮らすのは確かに問題だ。
だがきっかけはやはり――
「中層攻略か?」
「どうかしらね」
十中八九、そうだと判断できる。
必ず来ると。
あの男、オーラム・ジュペインはそう告げていた。
――"魔窟"。
大陸の中心にそびえ立つア、ゼルビオ山脈。
その地下に深々と根を張る魔物の巣窟の根源。
深くに行くほど、魔物の強力になる。
俺達……かつての俺は、四層に足を踏み入れ諦めた。
まあ、それはいい。
魔物との人間の闘争は、大きく分けて二つ。
一つは侵攻してきた魔物を食い止める守りの戦。
もう一つはこちらから魔物の居城へと仕掛ける攻めの戦。
長い間、この二つの戦いを繰り返してきたが、お互いに決定打と呼べるまでのチャンスはない。
ただここ数年で、流れはこちらに傾倒した。
一から九までの各層。
三層までが上層。四層から六層までが中層。そして七層から最下層までが深層と区分されている。
魔物に核があるように、魔層ダンジョンにも核になりうる部分がある訳だ。
それが〈魔晶石〉。
そしてそれを守るのがフロアボス。
魔物は〈魔晶石〉から発生するのか、送り込まれるのか、真偽は定かではないが。
壊すか、奪えば各層が機能を停止するのは確かだ。
ただし〈魔晶石〉は時間が経つと復活する――と、推察されている。
だから出来るだけ短期で、攻略する必要があるのだ。
これが魔層ダンジョン攻略。
上層である三層までの攻略は完了済み。
現在は中層の攻略に手を付けている。
ここまでが俺の知る限りの現状。
情報は錯綜してるかもしれないが、上層の攻略が済んでいることは間違いない。
なぜなら上層の攻略――三層の攻略の一端を担ったのは俺だから、だ。
中層以降の進行は……不明。
だが、中層の完全攻略がなされれば実に十数年ぶりの快挙。
新生の『勇者』の晴れ舞台にするには、絶好の機会だ。
〈魔晶石〉の奪取、"魔窟"の攻略は国力の証でもある。
その手柄を狙って、他の大国。
残り二人の『勇者』も動き出し始めるだろう。
キースは――本当に動くのか?
「いや、もうどうでもいいんだ」
どちらにせよ、俺には関係ないのだから。
どちらかといえば、俺はこちらの方が気になってしまう。
「お前が行く必要なんてないだろ」
「ん……リリーもそう思う」
リリーも首を縦に振って同意する。
それもそうだ。
まさしく、挑発に乗るようなもの。
ただでさえ魔物が跋扈する危険地帯。
加えて、あの男に意識を向けなければならないとなると命を擲つようなものだ。
「別に挑発に乗った訳じゃない。元よりあの場所には、行かなきゃいけなかったもの」
何がラルカをそこまで突き動かすのか。
……分からないようで、分かるような気もする。
かつて自分にもあったはずのものだ。
「そうか。まあなんだ……頑張れよ」
口をついて出た言葉に、違和感を覚える。
なんだよ、頑張れって。
完全に他人事じゃないか。
あれだけ縋りついてきた、執着してきた理想。
吐き捨てる如く口から出た言葉を反芻すれば――
あまりにも自分が、空虚に思えた。
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