43 閑話 六 吹き寄せの地 2

六 吹き寄せの地 2 




 ああ、さて。

 お話でございましたね?

 此の世が何でできておりますかという理のお話。

 そして、それを受け入れるとしましたら。

 昨日までと同じ明日は、もう迎えられない、といったお話でございましたかねえ。

 さようでございます。

 ええ、お話をきくだけで、そんなことになるものですかって?

 まあ、よくそういわれる殿方が多うございますね。

 いえ、ご婦人方よりも、あなたのような殿方にお話させていただいた方が、最初は信じられないと言われる方が、どうしてか多うございましてね?

 ときには、なんとも残念なことではございますが、最後まで、お信じにならない方も多いものでございましたよ。

 いずれにしても、昔の話でございますねえ、…。

 ええ、過去のお話でございます。

 世の理といいますものは、…。

 はい、ご存知の通り、すっかり変わってしまいましたからね?


 ええ、ただの、…――これは案内人のぐちのようなものでございますよ。


 明日、…―――。

 お隣にいらっしゃる方が、昨日と同じ御方であられるかどうか。

 よく、確認してごらんなさいまし。




「そもそもは、この世界というものがなにか、ということでございましょうねえ」

老紳士がのんびりと御茶を手にいう。

場所は、橿原家。

時刻は、夕刻。

煉瓦造りの洋館に再び来ている藤堂達である。

合宿で得た藤堂の疑問を藤沢紀志達が報告し、それではいまからならすこし都合が付けられます、という特急な提案により予定を変更してこうして訪れている高校生二人と藤堂だ。

 場所は、先日のダイニングではなく、硝子張りの半屋外のように建物から張り出した半円の屋根を持つ部屋。どうやら、午後の御茶会とかいうものをする際に本来は使用される部屋らしい。橿原邸の中では小振りな部屋で、庭に面した格子窓にレースの美しいカーテンがドレープを作って掛けられて、中の家具も白塗りにいくらか小振りに作られているのは、それが婦人方の御茶会というもの向けに造られた部屋であるかららしい。

 さて、そのレースが掛けられたかわいらしい円卓を前に、アンティークの椅子に腰掛けて橿原が手にしている御茶は、――いわゆる緑茶、つまりは日本茶なのだが。

その前にある涼しげな餡が透明な中にみえる饅頭は、季節外れの暑さがぶり返した秋の夕刻に至ろうという刻に、涼を与えて目にやさしい。

 藤堂の前には、グラスに入れられた薄青の美しいハーブティー。これも涼しさを感じられるように、冷やされていて、やはりその青が目に涼しげだ。

「今日は本当に暑うございますものねえ、…。暑気休みにこうしたおやつは良いものですね。目に入るものが涼しげですと、一層この暑さの戻りをすごしやすく感じられます」

橿原が目を細めて涼をあらわした菓子をみていうのに、藤沢紀志もうなずく。

「確かにな。どうやら、橿原さんの家の料理人は、よほど藤堂が気に入ったようですね」

「だよねー、うんうん、おれたちのときにはこんな細かい心使いなんて出てこないもん!」

「…あ、あの?」

同じく目の前にある涼しげな饅頭と、飲物はそれぞれの好みで――ちなみに、橿原はお腹を冷やさない為に温かい緑茶を、藤沢紀志は好みで珈琲のホットを。篠原守は何故かこれも温かいものではあるが、棒茶を選んでいる。カフェイン少なめで、お腹にやさしい味がいいのだそうだ、―――それぞれの前にあるのだが。

 戸惑う藤堂に構わず、三人は話を続けている。

「ああ、そうなのですよ。うちの料理人は、僕に料理を出していてもなんとも張り合いが少ないそうで、…先日の藤堂さんの食べっぷりに感動したようでしてね。まあ、確かにあれほどおいしそうに食べてもらえれば、料理人冥利に尽きるというのではないかしら?」

「その通りでしょうね。こちらからご連絡して、お伺いすることになって、此処へ来るまでに用意されたのでしょう?」

橿原の言葉に藤沢紀志がいう。

「だよね?これ、季節違いだから、用意したの橿原さん家の料理人さんだよね?」

篠原守の言葉に橿原がうなずく。

「そうです。藤堂さんが来るというので、お茶菓子を用意するようにいいましたら、…これは、うちの料理人が作りましたものになるんですよ。よろしければ、たのしんでくださいな」

「あ、…あのう、はい、…ぼくの?…ありがとう、ございます、…」

驚いて橿原をみて、手許におかれた涼しげな菓子をみてびっくりし動きが止まっている藤堂に。藤沢紀志と篠原守、それに橿原がそれをみているのに気付かず、つぶやいて。

「…そんな、…もったいない、」

「そんなことはありませんよ」

「え、あ、…はい」

つぶやきに対して返されて、藤堂がおどろいて橿原をみる。それに微笑んで橿原がいう。

「甘いもの、和菓子もお得意かしら?でしたら、ゆっくりたのしんでくださいな。お話はしながらになりますけどね」

「あ、はい、…――」

緊張して藤堂が橿原を見返す。それに微笑んで。

「そう難しいこともないお話なのですよ?」

黒い餡が半透明なつつみのなかにやわらかくみえる。半透明な餡をくるむ部分は、薄い青がグラデーションを描いている。

 それを視界にいれて。

 橿原が、そっという。

「世界は、ご存知の通り沢山ございます。物語や何かで昔から語られてきた、あるいはあの世、此の世とは異なる何処か、…―――それらは、すべて本当に存在するものでございます。」

さらり、といいきり。

 半透明の菓子に、黒文字を。

和菓子を切る専用の木製の道具――黒塗りの漆を拭いてしあげた小枝のような菓子切りを、黒文字というのだが。柔らかな和菓子を切る為に、一方に切る為の刃が削り取られている方を、菓子に押し当てる。

 ゆるり、と。

 菓子が、きれいな断面をみせて見事に切れた。

 半透明の薄青に包まれた中心の黒あん。

 皿に黒文字を置き、橿原が手を止めて藤堂を見返す。

「この菓子を、見立てにつかいましょうか。丁度よく、層にわかれておりますしね」

いわれて、あらためて橿原の手許にある二つに割られた菓子をみる。

 美しい断面は、確かに黒あんとそれを包む半透明の皮に別れている。

 これを、どう見立てるというのか。

「たとえばですけれど、―――藤堂さん。この一度二つにわかれたお菓子ですけど、行儀は悪いですけど、切れた二つをまたあわせたら、…――もとに戻ったと思われますか?」

「え、…?」

 それは、と。

藤堂が思わずも、橿原の手許にある二つにわかれた和菓子をみる。

 美しい薄青に包まれた黒あんの断面。

 これを、もしあわせたら?


 思わず、真剣に藤堂が切断面をみているのを。




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