「鳥の飛ばない天地の挟間」22
20 月の落ちない世界で 2
「九日か。そんな絶望はしたくないな」
―――藤沢紀志。
「ふっちゃんー!言霊とか、そういうのちゃんとわかってます?!もう、ふっちゃん、神子なのにー!神主さんの家系なのに、禰宜なのにー!どうしてまた、こう言葉っていうものをー!」
「うるさいな」
「うるさいってね?ふっちゃん?神主さんの唱える祝詞はつまりは言葉でしょー?言霊を大事にしないと、大変なことが起こるんだからっ、…!」
「大丈夫、現在進行形だ」
「…―――」
奴が深刻な顔をして沈黙した。どうあがこうと、いま私達のいる空間は、その頭上から避けようのない速度と大きさで月が迫り、地表において私達はその命を決しようとしている。
篠原が見あげる、月を。
迫る暗黒をもたらす地球の衛星。
あるいは。
「篠原、無駄なことをするな」
「…あのねっ?!おれのふっちゃんの下僕程度はかなり重症なんだから!月が落ちてきて世界が終わるっていうのなら、僕は最後までふっちゃんをまもります!名前だって、守っていうもんね!」
「…無駄なことを…」
醒めた視線で藤沢紀志を庇うように抱きしめて、頭上に迫る月から少しでも庇おうという篠原守の努力を一刀のもとに斬り捨てて。
「…ひ、非情のライセンス、…ふっちゃん、」
「そもそも、月のような重量物が落ちてくるとしたら、私達程度の剛性を持たない有機生命体が対抗しようとしても単なる無駄だ。喩え、それが或る程度の剛性がある建造物などの中に隠れても無駄なものだが」
「じ、じゃあ、たとえば、もう全っ、然間に合わないけど、地下とか?とっても地下とかに逃げたらっ?」
「昔から、パニック映画とかが不思議だったんだが、地殻変動を引き起こすことも想定される月の落下に際して、単なる地下建造物に退避した処で、生存できるわけがないというものだと思うが。余程深くに掘った処で、マグマが動き出せば一度に死ぬことになるぞ?」
「…非情、…非情のライセンス、…」
「なにがだ」
「…全部。生き残る希望を根こそぎ綺麗に確率さえ全部きれいにボッシュートして、―――世界が綺麗に生存できない確率なんて、綺麗に全部説明しちゃうなんてっ、…」
「おまえ、前から思うが、文法がな、…。文がどうにも重複してあまりセンスがないんじゃないか?坊主はそれでいいのか?」
「な、なにをひどいことをっ!僕が国文学まったく才能ないのは確かですけどっ、」
「おまえ、国文はまったくできないくせに、数学や物理と同じ成績を取るといって、約束して仏壇に供えていたろう。…そういうできもしないことを約束するから、いつまでもご両親が成仏されないんだぞ?」
「あ、…ひどいっ、…そんな事実をっ、…!」
「まったく、おまえな」
世界は震え、地面は重力の異なる月が地表に落ちてくる衝撃で波打ち始めている。境内は闇に包まれ、寺の形はいま朧だ。
篠原が大騒ぎしながら私を護るつもりか抱きついてわめいているが。
風が吹く。
それは強風で、地表にその月という衛星が落下する際に、重量物が大気を押し分ける衝撃で、気圧差が生じ一気に地表を破壊して流れていく非情な大風だ。
世界は破壊される。月の落下、―――。
それは、おそらく、藤堂の世界では。
何らかの原因で、それが引き起こされたから起きたのだろう。
おそらく、重力の異常。
月は落下して、世界を壊した。
では、その対象となる世界とは何だろうか。
「…藤堂」
わたしは、足許にいまだ意識を取り戻さず、おそらく何かの夢をみている藤堂をみた。
眉が寄せられ、痛みと記憶を辿るのか、指が強く握られて居る姿を。
それは、…――――。
「ふっちゃん…?」
「そうだな」
月が落ちる暗黒がある。
世界はそして壊れただろう。
だが、それは。
そこで壊れた世界は、何処までだといえただろうか?
私は、ゆっくりと微笑んで。
膝を即いていた。
その傍らに。
気を失い夢を見る、悪夢を見ているだろう藤堂の傍らに。
それは、――――。
「ふっちゃん」
言葉もなく篠原守がそれを見守るのを、わたしは背に感じながら、手を差し伸べていた。
すべてはおわる。
いつかは総て、終わってしまうのだ。
それがいつ、何故、そうした質問も赦さないままに。
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