第5話

「アウローラ!!」

 

 悲鳴にも似た声が森に響く。

 俺の声に反応したのは、家の周りを囲う数十の兵達。そして、アウローラ。

 彼女はいつもの余裕のある表情ではなく、心底ホッとしているような、そんな表情で俺を見つめてきた。

 よく見れば体のいたるところに戦闘の跡が見受けられた。

 小さな擦り傷から打撲まで様々な跡。

 所々燃え盛る木々は抵抗の証だろうか。

 多勢に無勢。

 幼子一人に対して大人が数十人。明らかに戦力過多だ。


「大の大人が寄ってたかって恥ずかしくないのか!?」

「魔女に手加減など必要ないでしょう」


 反論を返したのは、いつぞやの迷い人だ。彼が首謀者なのだろう。

 アウローラの善意で殺されなかっただけだというのに、彼が指揮をしているらしい。

 アウローラに命を救われたというのに、彼女を殺そうというのか。


 ──やっぱり森に迷い込んだ人間は全て始末してしまえばよかったんだ。


 どす黒い感情が渦巻く。

 きっと俺の目は据わっていることだろう。

 拳を握り込む事で、なんとか兵に殴りかかりそうになるのを抑えこむ。

 怒りでどうにかなってしまいそうだ。


 ──どうしてアウローラが害されなければならない? 何もしていない、アウローラが!!


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。


「なら魔女に手を出したお前達は、殺される覚悟があるんだな?」

「ははっ! こんなちびっこに何が出来るというんだ?」

「俺は覚悟があるのかと聞いている」

「……当たり前だろう」

「そうか。安心した」


 アウローラを囲む兵達に向かって跳ぶ。

 飛び掛る瞬間、剣を抜いた。

 あれだけ戦いたくないと足踏みしていた事が嘘のように、あっさりと、剣は抜けた。

 得物を抜くこともままならず、驚きに満ちた顔をする兵達。

 勢いのまま剣を振れば、兵は簡単に倒れていく。


「口ほどにもない」

「なっ、なっ!?」


 傷だらけのアウローラを抱き締める。


「すまない」

「お主が謝ることじゃなかろ」

「俺が離れなければ、こんな事にはならなかった」

「律儀じゃの。……殺してはならんぞ」

「は? まだ言うのか? 相手は殺しに来てるんだぞ?」

「お主なら、そんな相手でも無力化出来ると思うが……妾の思い違いだったか」


 そこまで言われてしまえば、俺に選択肢など存在しない。

 立ち上がり、はぁーっと大きなため息をつく。


「しゃあねぇな」


 剣を鞘に納める。

 剥き身で戦えば、確実に殺してしまいそうだ。


「皆のもの!! 今だ! 奴を倒すんだ!!」


 剣を抜いた兵が斬りかかってくるが、遅すぎる。

 大ぶりで振りかぶった兵には横っ腹に蹴りを入れ、駆けてくる兵には背中に剣の柄をお見舞いした。


「それで本気なのか?」


 鞘のまま剣を振り、向かってきた兵を片付けていく。

 収まることのない怒りとともに、剣を振る。

 一撃入れただけで倒れてしまう兵達に呆れつつも、確実に意識を刈り取っていった。


「さて」


 残る兵は首謀者の男だけだ。

 震えながら俺を指差す男へ、足を向ける。


「その太刀筋」

「あ?」

「空色の髪。白色の瞳!!」


 首謀者へと駆けていけば、大声を上げられる。

 今はその声もただの雑音にすぎない。

 俺とアウローラの平穏を壊したこの男だけには、拳を入れなければ。

 何か言いたげだが、知ったことかと間合いを詰めた。


「お前、いや貴方様はっ」


 拳を大きく振りかぶる。

 振り上げた拳すら認識できないのか避けようともしない首謀者は目をこれでもかと見開いた。


「英雄カエルム゛ッ――!?」


 驚いた首謀者の顔を横から殴りつける。

 吹き飛んだ首謀者は何が起きたのか理解できていない様子で、地に倒れ込んだ。

 意識を飛ばさなかったのは、素直に賞賛しておこう。

 いきどおりのままに何発も殴りたかったが、理性がそれを止めた。

 首謀者の近くまで大股で近づく。

 ひっと情けない声が聞こえたが知ったことか。


 ──これぐらいなら許されるだろ。


 首謀者の顔の横に剣を突き刺す。

 地に伏す男を怒りを込めて見下ろした。


「俺がどこの誰だろうと関係ない。だが、俺を竜殺しの英雄と呼ぶのならば、俺はそれに答えよう。お前は逆鱗に触れた。彼女に免じて今回は命まで奪いはしないが、二度目はない。兵を退け」


 顔を青く染めた男は、信じられないと言わんばかりの口調で呟いた。


「なぜ貴方様のようなお方が魔女の味方をするのです!? あんな見た目でも、魔女です!! 人類の敵ですよ!?」

「子供を守るのに理由がいるのか?」

「は……?」


 ぽかんと口を開ける首謀者だったが、彼が言葉を発する前にアウローラの声が響いた。


記憶忘却ザケラ・ネスヤーン睡眠ナウム浮遊ノウン


 彼女は一度に魔法をたくさん使い、伸びている兵達全てを浮かせ、どこかへ飛ばしてしまった。


「俺、いらなくね?」

「そんなことはない。この魔法は使うのに時間がかかるからのぉ。時間稼ぎご苦労」

「……はぁ」


 この魔女はどこまで計算しているのだろうか。

 きっと俺は、彼女の手のひらの上から降りることは出来ないだろう。


 ──それも一興だと思う俺はもう、アウローラから離れられないんだろうな。


 小さな雇い主を眺め、しみじみと思う。

 いつの間にか近くに来ていたアウローラが、艷やかに笑った。


「褒美じゃ」


 一瞬で二十歳ぐらいに姿を変えたアウローラに、目が落ちそうになる。

 身長は俺の肩ぐらいまで伸び、地面に着きそうなほど長かった黒髪は腰辺りまでになっている。

 ダボダボだったローブから覗くのは、枯れ枝のような子供の脚ではなく、長くほっそりとした脚だ。太ももは肉付きもいい。

 小さく可愛らしかった手は、細さを際立たせるように滑らかな線を描き女性らしい大きさになっている。

 ローブ越しでも分かる。アンバランスな痩せ細った子供の体は、悩ましい起伏をもって、女性らしい柔らかな体に変わっていた。くびれた腰が、艶っぽさを増幅させている。

 鼻筋の通った美しい顔立ち。薄い赤に染まる頬。少し切れ長な瞳。

 女を感じさせる色の唇が弧を描く。


「は……?」


 美しく成長した姿のアウローラに目が釘付けになる。

 世界から音が消え、この世に二人だけしかいないのではないかと錯覚してしまう。

 何も言えず固まった俺の腕に、豊満な胸が押し付けられる。

 動くことも出来ずにいれば、口づけを落とされた。

 波打つ黒髪から目が離せない。甘い香りが鼻を掠めた。

 恥ずかしげに離れる彼女にゴクリと喉を鳴らす。

 砂漠でオアシスを見つけたようなそんな気分だ。


「何を惚けておる」


 アウローラの声で我に返った。

 彼女言葉を信じず、裸で風呂に突撃した事や、だらしない生活を続けた事など、色々な失態が走馬灯のように駆け巡る。


「姿を変えれるなら最初から言えよ!!」


 心からの叫びは、無情にも虚空へと消えたのだった。


――――――――――――――――――――――


あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございました。

少しでも「おもしろい!」と思っていただけましたら、

広告下からフォローと星を入れていただけますと、嬉しいです!

皆さまからの応援が、なによりものモチベーションとなります。

なにとぞ、よろしくお願いいたします。


――――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

森で出会った幼女は魔女でした 〜ちびっこ魔女と平穏な暮らしを〜 藤烏あや@『死に戻り公女』発売中 @huzigarasuaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ