第2話

 小さな魔女に招かれたのは、森の奥にこじんまりと佇む小さく可愛らしい家だった。

 足を踏み入れた室内は外観から想像される通り、可愛らしい内装だ。

 キョロキョロと見渡しながら進められた椅子に座る。

 一般的な感覚では魔女の家に訪れるなど命知らずもいいところだ。

 俺の腕であれば、万が一のことがあっても制圧できるため招待を受けた。


「望みとはなんだ?」


 目の前の椅子にちょこんと座るアウローラは、魔法でティーカップを取りだし、茶を淹れた。

 俺の目の前にある丸い机の上に、紅茶の入ったティーカップが置かれる。

 マグカップの似合う容姿だというのに、優雅に紅茶を飲む姿は立派な淑女のそれだ。

 質問に答えずくつろぐアウローラに少しばかり苛立ちが募る。

 そんな俺の心情を推し量るように彼女の目がこちらを覗き込んだ。

 ぎくりと、心が軋む。


 ──子供に苛立つなんて、大人げなかったな。


 苛立ちを飲み込み、アウローラを見る。


「ふぅむ。切り替えも早い。合格じゃ。流石は男前じゃな。女の扱いには慣れているようで安心した」

「全く。大人を茶化すんじゃない」

「だから妾は子供ではないと言っておろう」

「ははっ。どこからどう見ても子供に言われても説得力がないな」


 納得のいかないと拗ねるアウローラ。

 子供らしい可愛い仕草に頬が緩む。


「ほれ飲むといい。ハーブティーじゃからな落ち着くぞ」

「いただこう」

「素直でよろしい」


 ハーブティーに口をつけ、ほっと息を吐く。

 落ち着いた心で口を開いた。


「美味しいな」

「そうじゃろう」

「……魔女は滅んだと思っていた」

「そう偽装したからな当然じゃ」


 魔女とは、魔法を使う悪虐非道な生き物だと言われている。

 心を開いてはいけない。目を合わせてはいけない。魔女は心の隙間に入り込み、人間を食らうのだ。

 伝え聞く魔女と眼の前の魔女が結びつかず、俺は頬杖をついた。


 ――こんな小さな女の子が人を食うようには、見えないんだがなぁ。


 邪気すら感じない無垢な少女。

 椅子に座り、足をパタパタと動かす姿はどこにでもいる子供だ。

 確かに魔法は厄介だが、見境なしに使うような様子はない。


 ――邪悪さであれば、領主や俺に群がってきた女の方が上だったな。腹の中に何を抱えているか全く見えん。


 アウローラがティーカップを置いたのを確認し、姿勢を正す。


「アウローラは俺に何を望む?」

「妾の望みは一つじゃ」


 ごくりと唾を飲む。

 子供とは言え魔女なのであれば、無理難題を押し付けられてもおかしくはない。


「静かな暮らしをしたい。もう争いは懲り懲りじゃからな」


 魔女の口から出たとは到底考えられない言葉に、愕然とする。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。


 ──静かな暮らしを望む……?


 俺のありえないという表情に、眉を下げたアウローラは力なく笑った。


「あんな思いはもうしとうないんじゃ。血で血を洗うなぞ……死んだ同胞が浮かばれん」

「魔女狩りか」

「そうじゃな」


 俺はその場にはいなかったが、魔女狩りは非人道的なものだったと聞く。

 滅多なことでは人前に現れない魔女を一人捕らえた国は、公開処刑をすると御触れを出した。

 捕らえられた魔女を囮にし、非道なやり方で他の魔女を集めた。


「生きたまま燃やされる同胞の声を妾は一生忘れることはないじゃろう」

「……そうか」

「魔女が何をしたというのか。魔法を恐れただけじゃろ。魔女は魔法が使えるだけの、ただの人だというのに」


 小さな魔女が思い悩む姿は、まるで心当たりがないと言わんばかりだ。


「……魔女は無差別に人間を殺し回ったと聞いたが?」

「はぁ? なんの話じゃ?」


 心底意味がわからないといった顔のアウローラ。

 彼女の瞳には一切の偽りはない。


 ──俺は魔女に出会ったこともなければ、彼女達の悪行もこの目で見た事はないな。だとすれば、魔女を悪だと言い出した人間が嘘をついていることになる。


 顔に出ていたのか、アウローラは諦めたように笑った。


「じゃから、人に見つからないようこんな辺境の森に隠れ住んでいるんじゃ」

「人間は……愚かだな。こんな幼子にまで……」

「ふふっ。そんなお主だから妾の護衛を頼みたいんじゃ。お主も都会に疲れているようじゃし、渡りに船じゃあらんか?」


 じっと俺を見つめる紫紺の瞳。

 魔女に実害なしと判断された。喜んでいいものか、悲しんでいいものか分からない。

 だが、疲れているのも事実だ。


「報酬は?」

「妾じゃ」

「話にならんな」

「冗談の通じん奴じゃのお。そうじゃなぁ。衣食住の保証、まったりゆったりとした俗世と離れた生活の提供といったところかの」

「……わかった。引き受けよう」

「! そうか。……そうか! 引き受けてくれるか!」


 嬉しそうな顔のアウローラから視線を逸らしつつ、手を差し出す。

 首を傾げる彼女に羞恥心が高まる。

 まだ親に教えられた事がなかったらしい。


「あぁくそっ握手だよ!!」

「握、手……?」

「これからよろしくなって意味だよ!! いちいち言わせんなよ、そんなこと」


 意味が理解できたのだろう。

 アウローラの顔に花が咲いた。


「友好の証か! ふふっ。やはりお主を選んだ妾の目に狂いはなかった!」

「そうかい」

「あぁ。夜明けの魔女アウローラの護衛として、尽くしてたもれ」


 差し出した手に小さな手が重なる。


「よろしく頼む」

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