晩酌の時に読みたい短編集(1~2分)

七星吟

Vinyl

 月の光だけが窓から差し込む部屋に使わなくなった腕時計の秒針の音だけがこだまする。空腹を紛らわすために最後の一本のたばこを吸う。白い煙が部屋に広がる。何かしたようで何もしなかった後に吸うたばこはそこまでうまくない。苦痛な人生の時間を少なくしながら、心に住み着いた罪悪感を減らす。たばこを吸うと小さいころに家族と住んでいたボロアパートを思い出す。その時の親の顔も兄弟の顔も思い出せないが、楽しく満たされていたような気がする。

 たばこを灰皿に擦り付けた後に忘れようとしていた空腹感が戻ってくる。冷蔵庫を見ても、何か入っているわけではないが事務的に確認する。白い光が目に刺さる。諦めて食える物を近くのコンビニに買いに行くことにした。

玄関から外に出るときにいつもあいつの靴が目に入る。忘れたくない日々の思い出と共にあいつがラフなスニーカーを履いて買い物に出たあの日のことを思い出す。玄関にある靴はその日のものとは違うがデート用の靴で二人でおしゃれをして出かける時はいつも履いていた。あの時、俺が一緒についていけば…と何千回も巡った思考がまた現れ、その度に俺はなんで今こんな生き方をしているのだろうかと思ってしまう。

 外はアウターを着ていても寒く、月は雲に隠れて見えない。時折、雲の間から見える月の光がきれいだ。川の上の橋に差し掛かり、川に月の光が反射していた。その中にプカプカと浮かぶ、ナニカがあった。

 思い出をなぞりながら通り慣れた道を進む。いつものオレンジ色の光る看板が目に入る。この人工色は冷蔵庫の明りよりも邪悪で嫌いだ。睡眠の足りない俺の頭の中は単調になっていく。

 自動ドアが開き、白々しい照明が目に入り、痛む。安酒と適当な惣菜をかごに入れてレジで会計をする。金額の確認もせずにとりあえず千円札を出す。会計を済ませると足早に外に出る。

 帰り道に行きと同じ橋に差し掛かる。さっきとは少し離れた草のあたりにナニカが引っ掛っていた。その場に右手で持っていたビニール袋を下す。

 その時の俺は、何を思っていたのだろうか。何がよぎったのだろうか。そして何が俺の背中を押してくれたのだろうか。

 大きな跳ねた音、全身にかけ巡る記憶と寒さ。

きれいな飛び込みを決め、俺は雑草に引っ掛かった誰かしらが捨てたであろうビニールを拾った。冷たい川の水で俺の頭がクリアになる。必死に泳いで登りやすい岸から上がる。右のポケットにビニールを突っ込み、かじかむ手で壁の石を掴み、上る。

 その日、俺はくしゃみをしながら家に帰った。

なぜかわからないが清々しい気分になった。彼女の写真の前に無意識に買っていたチロルチョコを置いた。












俺は、実家に帰って一からやり直すことにした。







その日、男は自分と似た不安定に都会の喧騒に流されるようなビニールを見た。

 まだやり直せるような気がしたのだ。誰も何も行動しなければ誰も救われない。過去は忘れることができても、消えない。だがそれまでの体験を受け入れて前に進もうとすることはできるのだ。そう感じたから男は一歩を踏み出した。








祖母は引っ越し用の段ボールの中に綺麗に磨かれた女性用の靴を見つけた。







               終わり




 

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