第34話 注がれる思い
昼過ぎの病院。待合室で順番を待ちながら、あゆみは少し疲れた顔をしていた。過労やストレスがたたったのか、ここ数日体調が優れない。すばるも子どもたちも日中はそれぞれ忙しく、誰にも頼れない中で一人病院を訪れていた。
診察を受けた結果、医師から「点滴を打ちましょう」と告げられ、あゆみは淡々と案内された点滴室の椅子に腰を下ろした。
「では、少々お待ちくださいね。すぐに看護師が参りますから。」
受付スタッフが立ち去り、あゆみはひとりぼんやりと壁を見つめていた。
「体調管理くらいちゃんとしなきゃなぁ……」
そんな独り言がこぼれた時、不意に聞き覚えのある声が耳に届いた。
「あれ?あゆみ?」
驚いて顔を上げると、そこには姉が立っていた。
「お姉ちゃん……?どうしてここに?」
「あんたが通ってる病院、私が勤めてる病院だって知らなかったの?まあいいけど。それより、あんた、どうしてこんなところに?」
姉は点滴の準備をしながら、少し呆れたようにため息をついた。
「えっと……ちょっと疲れがたまってたみたいで……」
「ちょっとどころじゃないでしょ。この顔色見て。倒れるまで頑張るのがあんたの美徳だって思ってるの?」
姉の鋭い言葉に、あゆみは苦笑いを浮かべるしかなかった。
点滴の準備が整い、針を刺して薬液が静かに流れ始めると、姉は隣の椅子に腰掛けた。無言の時間が数分続いた後、姉が口を開いた。
「それにしても、あんたがここに来るなんてね。で、最近どうなの?」
あゆみはしばらく迷ったが、結局すべてを話すことにした。父に認めてもらうための努力、試験勉強の苦労、そして無意識に吐き出してしまった子どもたちへの言葉。
「もう、どうしたらいいかわからなくて……」
そう言いながら、あゆみの目から涙がこぼれ落ちた。姉は少し驚いたように彼女を見つめたが、すぐにため息をついて微笑んだ。
「まあ、頑張ることに重きを置いてるあんたらしいわね。でも、ちょっと聞いてよ。」
「……なに?」
「お父さんの条件って、試験合格でしょ?それって結局、あんたがやりたかった教師になることじゃない?結婚認めさせてやるー!って意気込むよりも、目先の目標を意識してほしかったんじゃないの?」
「え……」
「それに、言ったでしょ?現実を見ろって。教師になるんでしょ?じゃあ結婚なんてあやふやな目標の前に、昔から確固たる目標として持っていた教師をまずは目指しなさい。」
姉の真剣な助言に、あゆみは息を飲んだ。
「まあ、あのお父さんのことだから、非常識だ!!!って一蹴しただけで、何も考えてなかった可能性も高いけどね。」
その言葉に、あゆみは思わず笑ってしまった。
「お姉ちゃん、それってフォローになってるの?」
「つもりではいるわよ。少なくともあんたに、もっとシンプルに考えてほしいってこと。結婚だとか家族だとか、大きなものを抱え込むのはいいけど、まずは自分のやりたいことに集中しなさいってことよ。」
姉の言葉には、どこか優しさが滲んでいた。
姉が話を続ける中、あゆみは点滴を受けながらぼんやりと姉の横顔を見つめた。冷静で的確な言葉。厳しいけれど、その中に確かな優しさがある。
「……やっぱり、お姉ちゃんって優秀だよね。」
ぽつりと呟いた言葉に、姉が少し驚いたように振り返る。
「どうしたの?急に褒めたりして。」
姉は苦笑いを浮かべるが、その表情はどこか柔らかい。
「いや……ただ、こうやってちゃんと私の話を聞いてくれて、叱るだけじゃなくて、ちゃんと支えてくれるから……本当に頼りになるなって思っただけ。」
あゆみの正直な言葉に、姉は一瞬言葉を失い、そして照れくさそうに視線を逸らした。
「ふふ、私だって完璧じゃないけどね。でも、あんたが困ってるなら手を貸すのが姉の役目でしょ。」
点滴が終わり、針を抜き終わったあゆみに、姉は最後にこんな言葉をかけた。
「とりあえず、無理しないこと。それが第一。あと、星宮先生ってかっこよくてかわいいし、個人的には家族になるのは全然アリだと思うけどね。」
「お姉ちゃん、そんなこと言わないでよ……!」
照れくさそうに返すあゆみの顔には、少し笑顔が戻っていた。
病院を出た帰り道、あゆみはふと空を見上げた。少し軽くなった心で、次に進むための力を感じていた。
「もう少し、頑張ってみようかな……」
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