旅立ちと決心

寒い日々から心地よくなり始め


凍え震えていた季節を乗り越え

淡い桃色の花びらを咲かした季節

多くの人々が、旅立ちと出会いの狭間にいるのだろう。


そしてまさに今 私もその1人だ。



[Make a Phone Call…]



スマホに表示される英字と

スピーカー音で流れる音。


じわじわと襲ってくる緊張感を抑え左手に汗握るスマホの画面を眺める私は決心している。あの言葉を




「スー…はぁ…」




心拍数が上がるのが耳や首からでも伝わり動悸の様な鼓動を整えるために深呼吸して落ち着かせ


一語一句間違えが無いように頭の中でつらつらと言葉を並べ、その瞬間ときを待つ。



-『はい。お電話ありがとうございます。花椿店 店長の若松です。』



スマホをスピーカー音にしてテーブルの上に置いた。

便利な機器からは嫌な記憶と気持ちが蘇る聞き慣れた声。

口から反吐が出そうになる感情をグッと堪えて

自分の意思を貫く。



「おはようございます。高木です。」


-『おはよう。どうした?』


「突然で申し訳ありませんが

本日付で辞めさせて頂けないでしょうか?」


-『何で?』



そりゃそうだ。聞かない訳がない。

どこの上司でも必ず聞くんだろうな。

理由が知りたいから。

その中には、責任を取りたくないと言い

退職の引き金を弾いたのが自分ではないと思いたいというそんな人間の性が働いているようにも思う。


だけどいざ臨場に…と言いたい程に

私の決心と意思は準備万端だ。


「先月から続く体調不良でパートさんや学生のバイトさん達や店長に、大変ご迷惑をお掛けしたのと

以前から私には花椿店での仕事内容は向いていないと思っており


このタイミングで

辞めさせて頂きたく思いました。


本来なら前もって直接お伝えしなければいけない事を電話でお伝えし申し訳ございません。」


-『うん。あのさ、今どこ?』


「家です。」


-『俺からも良いかな?』


呆れて言葉が出ないと思っているのだろう。


だけど『お前も言いたい事を言ってるんだから俺も言わせろ。』そんな裏言葉が見え隠れする大人な対応。



長くなりそうか…?

出来るだけ早くこのやりとりを終わらせたいんだが。どうせ私の勤務態度などをチクチク言うんだろう?


それにこちらが早く切り上げたいと願ってる心情なんてあちらさんは知っているんだろう。

なぜなら、以前から私は辞めたいと言っていた。


前任の店長だけでなく会社内の上の人間にも

一緒に働く者たちに。

お陰様で周りの者たちは全員

私がこの職場でそう長くない事を

周りの人達は勘づいていたのだろう。


態々口にしていなかっただけで。


何も聞かれなかったしな、実際。


ただ、私が辞めたいと伝えた時期は繁忙期で忙しかったのと新人が5名入っていたからなのか、

はたまた私が職場を離れる時期を見ていたのか、

聞く耳さえ持って貰えず辞める事はできなかった。


頑張って奮い立たせて頑張って働いたが、その意思は消える事なく、ひたすらにずっと職場から離れたかったんだ。


だから今日、『やっと辞められる』。


そう思うだけで

さっきまでの緊張感とは裏腹に飛び跳ねるように胸が高鳴る。


まるで子供が遊園地で好きな乗り物に乗れた時のような。



「はい。構いません。」



これで私は

『根性なし』、『今どきの奴ら』と

悪い意味で囃し立てられる若者の1人だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る