第17話
テストが終わった。
テストの最終日。午前で全てが終わった放課後デートで、私たちはファストフードのお店に入って2人でお疲れ会をしてる。
私は京ちゃんにお礼も兼ねてハンバーガーのセットをご馳走した。
カテゴリーで分けたら可愛いよりも美しいに分けられる上品な京ちゃんには好きな食べ物が2つある。
1つは酸っぱい果物と、もう1つは意外なことにジャンクフード。
特にハンバーガーとフライドポテトは大好物みたいで、体に良くないからたまにしか食べないけど、食べれるなら毎日食べたいくらいに好きらしい。
京ちゃん曰く「この世で一番体に悪そうなのが最高」らしい。
それでこの細身で均整の取れた体を維持してるのだから凄い。
そして今回のテストでそんな京ちゃんの頭脳の凄さまで体感した。
「ねぇ、どういうカラクリなの?」
「……カラクリ?」
京ちゃんはフライドポテトを食べる手を止めてこちらを見る。
「テスト……教わった範囲ばっかり出てきた。だから普段より解ける問題が多かった」
「あぁそういうこと」
すると納得したようにポテトを1本手に取って私の目の前でゆらゆらさせる。
「別に出る範囲で重要そうなところとか、出題されそうなところを中心に教えただけだよ。はい、これあげる」
そして京ちゃんは腕を伸ばしてそのポテトをポイと私の口に突っ込むと、当たり前のようにそう言ってのける。
「指入ってる……ん。そうなんだ、でも京ちゃんのおかげで助かったよ」
「これからも教える?」
「いや、流石に今回で懲りたからこれからは自分で頑張る……普段も分からない時は教えてもらっちゃってるし」
「言ってくれればいつでも手伝うよ」
今回の恩はハンバーガーセットの奢りだけじゃ全然足りない。
はぁと心でため息を吐く。安心と感謝のため息。
「これで飾利のお母さんを心配させずに済むね」
「うん。なんなら京ちゃんに教えてもらったって自慢できるかも」
「そっか、私のことはお母さんに話してるの?」
「話してない……けど、恋人がいることには気付いてるみたい」
「女だって知ったらどう思うだろうね」
ふふっと楽しそうに笑う京ちゃん。
全くもって違和感を持っていないというか、娘が女の子と付き合ってますということを告白する重みを笑ってるようにも見えた。
「お母さん驚くだろうな、きっと」
「そうだね」
「紹介してねとも言われたよ」
「わお。飾利の家行くの楽しみだな」
来る気なんだ。とあっさりとした覚悟を持つ京ちゃんに多少驚いてしまう。
けれどまぁ女の子と付き合ってることを親に報告するとしたら、緊張するのは娘の方か。
「京ちゃんは受け入れてもらう自信ありなの?」
「あるね。私は女の子にもモテるし」
「さすが王子様ルック」
私はそんなことを言いながら、京ちゃんがハンバーガーを口に運ぶ様子を見ると少し吹き出しそうになる。
整った容姿、それこそ王子様のように中性的でカッコ可愛い京ちゃんがハンバーガーを持っていたら「これが庶民に人気のハンバーガーか……」とか言いそうな雰囲気に見える。
「飾利のお母さんかぁ……きっとしっかりしてるようで意外と普通なんだろうな」
「それは……どうだろ」
私の上位互換みたいなデキる女感はひしひしと感じる。
いや実際デキる女ではある。けど見た目よりとっつきやすそうな気はするからたしかに普通……なのかな。
——と思ってみたけれど、私を見てそう思う?
私とは違うと思うけどな。なんて少し疑問が残る。
私がそんなことを考えたのを感じ取ったのか京ちゃんは
「飾利は氷の女王みたいに表情はクールだけど、中身は町娘だからね」
ってアイスコーヒーをストローで飲みながらそう笑って見せた。
「そんな風に見えてる?」
「見える……と言うとまぁ表情にあんま出ないからわかりにくいんだけど、付き合ってみて意外と表情の裏で色々と考えてるのは分かったよ」
そうなのかな……とか心で反発するけど、たしかにそうかもしれない。
自分の顔をリアルタイムで見てるわけじゃないし分からないけど京ちゃんが言うならそうなんだろう。
複雑な気持ちをシェイクを吸ってごまかす。
「それに飾利のお母さんでしょ。きっと良い人だからあんまり心配してないよ」
「そんな信頼してくれてるんだ」
「うん、逆に飾利は? 女の子と付き合うなんてダメって言われたらどうする?」
お母さんは良い人だけど、厳しい人でもあるから京ちゃんはどうだろうな……
品がある京ちゃんを拒絶するなんてことはなくても、付き合うとなると反応は分からない。
ただ女の子と付き合っていることを伝えたときに、渋い顔をするタイプかと言われたらきっと違う。
「それはないかな。京ちゃんが変なことしなければむしろ気にいるかも」
受け入れはするけど、どう判断するかは分からないってところかも。
「変なことって?」
「……キスとか?」
「流石にしないよ。シチュエーションは考えるし」
「でもテスト前、緊張してたの私に指でやったよね」
すると京ちゃんハハハと笑ってごまかす。
「まぁあれはね。コミュニケーションみたいなものでしょ」
「あとは……確認作業とか」
「うっ……!」
今度は何か心当たりがあるのかお腹から声が出た。
仕掛けるつもりだったのかな……とか不穏を感じても多分私じゃどうしようもない。
釘を刺しただけ良しとしよう。
そんなことを思いながら私はシェイクを吸って口を甘くした。
「まぁでもさ! バレたとしても飾利のお母さんならきっと大丈夫だよ」
「京ちゃんが言うの? それ」
なんか京ちゃんの方がお母さん信頼している気がする。
どこからそんな自信が湧くのやら、私は少し呆れを表に出すように言った。
「うん、ウチとは違うから。私はお父さん似だけど飾利はきっとお母さん似」
ただ呆れた私に対して、指を紙ナプキンで拭きながら京ちゃんは言った。
そんなことを私に伝えた京ちゃんの顔は、さっきまでの晴れやかな顔から少し曇りがかったように見える。
暗くはないけど明るくなることもないような雰囲気。
「……何かあるの?」
そんな様子を察して私はゆっくり踏み入るように聞いてみた。
正直こういう家族の話題は踏みとどまるべきなのかもだけど、あえて聞く。
京ちゃんが話したがっている……いや聞いて欲しそうに見えたから。
「前にも話したけど、ウチってお父さんは家にほとんどいないんだ」
京ちゃんはもう一枚紙ナプキンを手に取り今度は口を拭く。
ゆっくりと考えながら喋るというよりスルスルと何気ない話をするように言葉を続ける。
「だからお母さんは寂しい思いをしてるんだ。きっと今も1人で寂しいと思う」
なのになんで一人暮らしを————
問いかけようとすると京ちゃんはそんな疑問を分かっていたようにこちらを見て微笑んだ。
「私はお父さん似だからさ。お母さんは私のことを若い頃のお父さんだと思ってるんだ。優しくて、かっこよくて、素敵なお父さんだと思ってる」
「……それは相当な自画自賛だね」
「ふふっそうかも、面白いでしょ」
精一杯の和ませの言葉で笑ってみせながら、少し悲しそうな表情をこちらに向ける。
感情と表情がズレて見える。
「……だから、期待されないんだ。どんなに優秀な成績を残せても当たり前で『お父さんの若い頃もそうだった』『お父さんも理科が得意だった』なんて喜びもせずに言ってさ」
「私じゃ無理そう」
「残念ながら私でも無理だよ。だから高校からは一人暮らしをしたんだ。少なくとも高校や大学生くらいの間は自由でいたいから。学生時代は人生のモラトリアムって言うでしょ?」
「モラトリアム?」
横文字を反射で頭から弾き飛ばして言葉にしてしまう。
「猶予期間。まぁお父さんの若い頃じゃなくて済む執行猶予みたいなものだよ」
「へぇ……」
なんで執行猶予なんだろ。
そんな心の疑問に答えるように京ちゃんは言う。
「多分だけど学生時代が終わって、私が大人になって実家に戻ったらきっとお父さんの幻影を重ねることが出来なくて、本格的に心を壊しちゃうから。それまでの期間だよ」
窓の外が気付けば赤くなり始めている。
淡々と話す京ちゃんの暗がりと、秋の早くなった日没が重なって広がっているように見える。
それは京ちゃんの子供の終わりを表すようにも見えた。
「だから……執行猶予なんだ」
「うん。きっとお母さんが壊れるからね」
すごい弱い人なんだよ。とそう京ちゃんは最後にぼそりと言った。
「だから飾利のお母さんは娘のことを七星飾利として見て、期待して、成長を楽しんでる。だから何があっても大丈夫」
それは……諦めのようにも見える。
その言葉を明るく見せようとしても、京ちゃんの表情に落ちている影は濃くなるばかりで影は消えない。
きっと京ちゃんのお母さんは成長すら若い頃のお父さんを重ねて、京ちゃんを通してお父さんの若い頃と一緒に過ごしてる。
それは確かに……辛いかも。
いや『かも』じゃない。絶対辛い。
京ちゃんは優等生だからそれが出来ちゃってるから終わりがなかったんだ。
今なら分かる。
丁寧で綺麗な京ちゃんが私の前で子供っぽくなるのは、きっとお母さんに甘えられることがなかったからだ。
きっと私を母親に重ねてるわけではないだろうけれど、そうなりたい時があるんだと思う。
「まぁそういうこと。だから私は飾利のお母さんを信じてるし、会うのが楽しみだよ」
「……話してくれてありがとう。大丈夫だよ、京ちゃん。私は私のままであなたのそばにいるから」
「うん、ありがと」
私は京ちゃんのそばにいたい。
この人を支えたい。幸せに笑っていられるようにしてあげたい。
この話を聞いたらそうしなければいけないなんて使命感を覚えるほどに、京ちゃんの労しさが心の奥底をかき混ぜた。
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