第16話
「はーなるほど、だからなんだ」
日が落ちるのが早まってきた放課後。
お母さんに成績のことで少しだけ煙たいことを言われてしまったことを話すと、京ちゃんはいつもの隣じゃなくて正面の席に座ってこちらを向いた。
ふわりと動くと香水の良い匂いが周囲に広がる。
「ごめんね、京ちゃんも勉強あるのに」
「あー私は全然いいよ」
そんな京ちゃんの余裕が羨ましくもあり、とても助かっていることに感謝しか生まれない。
自分のためでもあるけど、お母さんから京ちゃんへの印象を悪くしないために京ちゃんの力を借りてしまっていることに不甲斐なさも感じる。
「本当に大丈夫だよ。飾利のために何かできるの嬉しいから」
何も言っていないのにニコッとこちらに微笑む京ちゃん。
心の奥まで見透かされてるようで「私ってそんなに分かりやすいのかな」って少し不安になる。
「じゃあ英語からやろう。まずここの関係代名詞は……」
京ちゃんは頭が良い。
テスト後に掲示板に張り出される成績上位10名のリストから漏れたことがない。
張り出された成績順位で1位って訳ではないけれど、4位〜7位くらいを常に維持してる。
それに加えて凄いのは苦手教科がなくて安定してる。運動もだけど何をやるにおいても苦手がなくて、全部が得意分野みたいな感じ。
英語と数学が苦手で、現代文と生物が苦手じゃないってレベルの私とは大違い。
私の場合は苦手じゃないものを探す方が早い。
さらに言えば教えるのも上手で正直先生より分かりやすい。
理由はというと
「京ちゃんの教え方ってわかりやすいよね」
「飾利がどういう考え方で詰まってるかに合わせてるからね。飾利専用のカリキュラム」
ってことらしい。
「京ちゃん……塾の先生も出来そうだね」
「進路に加えようか」
いつか言っていた進路に『教師』を追加できる。
きっと『飾利専属』なんて文言を頭につけるだろうけど、これに関しては成績的に現実味がある。
「うん、良い感じじゃない?」
ある程度は進んでまとまった頃、ちょうど最終下校の放送が流れる。
全体的にダメなところを京ちゃんは洗い出して修正してくれた。
それだけで上手くいけばいいけれど、この修正点を忘れないようにするのが一番大事で難しい。
「ふぅ……」
「お疲れ様、頑張ったね」
ショート寸前の頭を撫でられてクールダウンする。
ふふふっと嬉しそうに頭を撫でてくる京ちゃんはまだまだ余裕らしい。
「撫でるの、楽しい?」
「楽しい。お風呂やドライヤーの時はいつも濡れた髪だし」
「そう……んっ! ワシワシはしないで」
クシャッとする感覚に反射で頭を振って手をどける。
ただでさえ勉強の内容がこんがらがりそうなのに、髪の毛まで絡まったら本格的に覚えた事もグルグルになりそう。
「それにしても飾利のお母さんは優しいね。心配してくれてるんだ」
「そう? こんなもんじゃない?」
「いやいや、そんなことないよ。羨ましい。この後はどうする? ウチ来て勉強する?」
京ちゃん曰く「飾利は多分効率も時間も必要」らしい。
なんて無慈悲なことを言うんだとは思ったけれど、私はそのまま京ちゃんの言う通りに家に着いて行き、今日の復習をしてまた頭をパンクさせそうになった。
そしてそんな勉強の日々が続いて試験当日、私はもちろん疲弊しきっているけど京ちゃんも疲れきっていた。
はぁとかふぅとかため息をついたり肩を回したり、明らかに疲れている。
こちらにアピールしてる訳ではないけど、自分の勉強に加えて私への個別指導で手一杯。
ただ疲れているけど京ちゃんに教えてもらった分、問題への向き合い方が変わった。
解き方がなんとなく分かって、今回は記憶に頼ってた自分と違って良い点を取れる気がする。
「大丈夫そう? 飾利」
「うん、大丈夫だよ。元気」
「そうじゃなくて、勉強の方」
京ちゃんが珍しくこちらに話しかけてきた。
余裕を見せているようで顔に疲れが出ている。メイクで目元をごまかしてるけどクマができてるのが気になる。
大丈夫が聞きたいのはこちらの方だと言いたいけれど、私のために手伝ってくれたことだからそこには何もいえない。
とにもかくにもなんとか京ちゃんの頑張りに報いれるように、試験でいい結果を残せるように頑張らなければ。
「う、うん、大丈夫。京ちゃんが教えてくれたおかげで結構自信ある」
「でも飾利毎回そんな感じのこと言ってない? 1学期の期末テストの時も佳奈ちゃんにそんな話してたの聞こえたんだけど、大丈夫かなぁ」
「いや……それとは……まぁ」
聞いてたんだ。
これでダメだったらどうしようというプレッシャーが重くのしかかる。
「ふふっ、プレッシャー感じた? お母さんのために頑張ってね。私もできる限り協力したからさ」
京ちゃんは楽しそうに笑う
余裕がない訳では無いっていうのは感じるけれど、私にはやっぱり負い目みたいなものはある。
「お母さんはまだしも……教えてくれた京ちゃんに悪いし」
それを正直に話すと京ちゃんは
「じゃあさ、ご褒美ちょうだい」
京ちゃんは笑顔でこちらを覗き込んでそう言った。
「ご褒美?」
「うんそう」
「何をして欲しいの?」
京ちゃんは多分モノじゃなくてコトだと思うからそう聞いてみると、顎に手を当てて少し悩んだ様子を見せる。
「……と思ったけど、大体のことはしちゃったから何したいとかないな」
「そうなの?」
「というか飾利は大体お願いしてくれればご褒美関係なくやってくれるよね。そう……コスプレとか!」
なぜか京ちゃんはクラスのガヤガヤが自然に静まったタイミングで大きな声が言う。
するとクラス中が一瞬ざわついた。
「コスプレ?」
「あの2人、なにしてんだ……?」
ボソボソの中にそんな声が聞こえる。
男女問わずクラスの視線が向いて気まずい。
ザワついた教室がたまに静かになるあの謎のタイミングで大きな声でそんなことを言うものだから流石に私も驚いた。
「ちょっと京ちゃん……! コスプレなんてしてないんだけど」
「あぁそうだっけ? そうだったね」
テスト前になんの話を……。
今の一言で頭が真っ白になったらどうしよう。
頭が知識って液体を入れる器だったら確実にいくつか飛び散っているに違いない
「はいっ。プレッシャーも抜けたみたいだしよかったね。別に私のことは考えないでいいから頑張りなよ」
「うぅ……」
「そもそも覚えてれば出来るし忘れてたら出来ないんだからね。身を任せるのみだよ」
そんなことを言っているとクラスのザワめきがテスト勉強に向かっていく。
京ちゃんはそれを確認すると私の唇に指を当ててから、その部分を自分の唇にチュッと静かに音を立てて押し当てた。
「これだけご褒美として、先に貰うね」
私にだけに聞こえるように言い残して、京ちゃんはグループの子達の相手に向かった。
普段はクラスの雰囲気もあるからこんな風に話すことはしないけれど、彼女なりに心配してのスキンシップだろう。
「ありがとう」
ボソリと私は彼女の背中に送る。
そんな風にテスト当日は朝早くから登校して、ただ不安だという会話や一夜漬けの確認なんかがクラス内のあちこちで行われる。
私も京ちゃんの背中を見届けてからその一員としてノートに向かい合った。
そうして第一科目の現代文の問題と解答用紙が配られる。
緊張がマックスまで高まる。
「それじゃ、はじめ……っ!」
そして、テストが始まる。
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