自然に對する五分時

朝尾羯羊

本稿

 深まさる秋。風にてもののうつろは清くあらはれて、きよひんを叩くの概がある。渠が肘をあずけた屋上をめぐる手欄てすりは袖をとおして金属的な錆びたつめたさを伝えた。とだえがちに棚引く彤雲とううん。つきかかる弱日よろびは、秩父の峰の連綿とつらなるにつがえたようになる。呼吸いきするようにたえだえな一炷いつしゆのかげろいなどやうを、吹き冷まさんとて、風はつのる。

 終業のチャイムが鳴つてから既に半時が経過していたが、待たる人もやと待ちぼうけ、とみにあらわれて呉れそうな感じでもない事は、こんな日の暮れがたの倥偬せわしげな印象によつて裏づけられていた。渠は自分は揶揄われているのかも知れない心の准備をはじめていた。人を待ち顔でない風をよそおう必要はぜひもなかつた。別にそれはそれでよかつた。傷つく心の持ち合わせはない心算だつた。ただ千早からのことづかりだつたので、彼女の為に今暫くは待とうと思うまでの事である。

 ちらちらと時計を――青・赤・黄と振り延へて奇抜な色合いのウレタンの腕時計を――気にしている渠は、ところで、特段の用事をこの後に持つていなかつた。努力の結果、人を待つているにしては恍惚うっとりとした形であり、その相手が生面の女子だと云うにしてはようかうこそはやうはなれしか。薄い肩、緩帯くわんたい、ズボンの裾のだぼつきと云い、風をかはなみ、そのていは、まさかりに衣薄かりしに、そこに置き忘れたかのような、立ち柧棱そばの、身をうつせ見なむそ。暦の上ではあまりと云えば、当然にすぎたが、渠は追いすがつて来ると思つていたものの、大きな背中を、なぜか前方に見出しつつあつた。

 尖塔の、の風につけてだに、黄蝶きてふやうにかへりにてあるをしみこそ、きほひ立ちしか。道なりに塔はき、あたりに暗きとびいろがちのくわんを絶したれば、広大な敷地をめぐるすぢは高みからかく辿られた。赤みを帯びて燃えあがるようである。無形をかがけた三基の塔。かんかんと、解きはなたれたなわがふれ合い、ぶざまな接吻くちづけをくりかえすは、背をまたも、まかまくほしみ、衣手ころもでに、齒を立てしより、ほかのふれなく。風のいたるといたらぬと、かけなくのみぞ秋は動ける。

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