第13話  魔王、泣き落としを覚える

「どうしても連れて行かなくてはならないんですか?危険な目にあったばかりなのに?」


「レイリア殿、申し訳ないが、『お告げ』には従わなくては。事は一刻を争う。教皇様の予言は絶対だ。現に、すでにこの『運命の御子』殿は曲者に襲われたではないか?」


「えっと、叔父上、その…ジャスケルって奴なら、予言に関係ない可能性もあるかと。レイリアを逆恨みしてましたし。自業自得とはいえ、レイリアに負けたせいで、着の身着のままで職を追われたそうですから」


「王宮内で保護してもらうわけにはいかないんですか?私たちが探索に出かけている間だけでも?」


「王宮は安全ではない。スパイがいる確率が高い。現に、当初の私の予定行路ルートが敵にバレていたのは明白。ゆく先々で襲われたのだから。エドワードが替え玉になってくれなければ、私は密使としての役割は果たせなかっただろう」


「でも大司教様、アンジェは、か弱い子供です。まだ記憶だって戻っていない。この2年間、努力を重ねて、ようやく普通に過ごせるようになったのですから」


「家事は驚くほどうまくなったよ。とりわけ料理には天賦の才があるね。教えがいがある。それに比べて、あなたは全然上達しないね、レイリア」


「それ、今、関係ないでしょ、レビおばさん!誰にだって向き不向きがあるってだけ!今、私が言っているのは、同行させるのは危険すぎるってことよ」


「しかし、お告げでは『かの御子の御身を持って事は成される』とある。胸にある御印を見れば、彼が『御子』であるのは確か。それゆえ、共に、できるだけ速やかに二つの聖なる遺物アーティファクトを探しだして、封印を再度閉じねばならぬのだ」


「同行させる必要はないと申し上げているのです、大司教様。私は反対です!騎士にとって任務は絶対。私はどんな危険も甘んじて引き受けます。が、アンジェには過酷すぎます!」


 どんどん大きくなる言い争いに、魔王アンジェの意識がはっきりしてくる。


(あの男が消え去った後の記憶がない。どうやら、私は気を失ったようだ)


 目を瞑ったまま、苦々しく考える。

 本当にこの貧弱な人間の身体ときたら。パファビッドが言ったように、意識は肉体に引きずられるらしい。


 声は4つ。

 一つは聞き間違いようがないリアのもの。なんだか、感情的になっていて、らしくはないが。それから、レビおばさんの声。あと二人は男。一人はあのエドワードとかいう騎士。もう一人は、全く知らない男のようだ。リアによると、大司教か。


(司教とは、確か教会の権力者だったな。教会とは、聖者や聖人たち、光属性の魔力持ちが集められている場所のはず。私としてはあまり近づきたくない。私の属性とは真逆で戦いとなれば相性最悪だからな。現状では、どうせ『力』は使えないから、あんまり関係ないか)


「暫定的であれ保護者である私が、旅への同行を認めない!安全な所に置いていく!と言ってるんです!」


(置いていかれる?リアに?)


 アンジェはベッドからががばっと身を起こした。

 額のタオルがずり落ちる。頭がクラクラした。

 再びベッドにずり落ちそうになる身体を片手でなんとか支える。


「アンジェ!大丈夫?」


「アンジェちゃん、無理しないで」


 寝かされていたのは見知らぬ場所だった。

 ピンクに統一された壁と天井。ピンクのふわふわブランケットに花柄の透かし模様が入ったフレームの天蓋付きベッド。一言でいえば、とっても『可愛らしい』部屋。

 リアの部屋ではないのだから、おそらくレビおばさんの部屋だろう。


 ベッドの傍らで、心配そうに見つめてくるレイリアとレビ。それから、二人の男。


 沸き上がる吐き気に耐えて、アンジェは掠れた声を振り絞った。


「リア、イヤだ。置いていかれるのは」


 人間はひどく脆弱な生物だ。短命でもある。容易く壊れると知っている。


 どうやら危険な旅に出かけるらしいレイリア。

 ここで彼女と別れてしまえば、二度と会えなくなることだって十分あり得る。


 絶対にイヤだ。もう会えなくなるなんて。


 魔王として君臨していた頃は思ったこともない考えだ。自分でもおかしいと思う。けれど、それでも、彼女と一緒に居たかった。

 

 喉が詰まった気がした。

 急に視界がぼやけた。


「アンジェ?」


「嫌だよ、リア…お願い…だから…連れて行って…一緒に」


 しゃくりあげる声が他人のもののようだ。

 目から何かが頬に滑り落ちていくのを感じた。


「泣かないでよ。私は、ただ、あなたを危険な目に合わせたくないだけなの」


(これは『泣いて』いるってことなのか、私が?)


 どうしたらいいのだろう?次々と溢れる涙が止められない。

 情けない。まるで、駄々をこねている本物の子どものようだ。


 パファビッドの考察は本当に正しい。

 精神の在り方は身体うつわに強く影響される。肉体に封じられた思念体もまた、しかりだ。


 レイリアにぎゅっと抱きしめられ、思わず、その胸に顔を埋める。

 やっぱり、レイリアの胸は温かくて柔らかい。

 あやすように背中を撫ぜる手が…そう、これは『気持ちいい』だ。


 だんだんと気分が落ち着いてくる。

 

 不本意な感情の問題は別にしても、ここに残ることは得策ではない。

 、おそらく完璧に封じられていた自分をさせたのだ。彼女には何らかの不思議な力がある。

 自分の今の状態を打破するには、多少、危なくても彼女に付いていくべきだ。

 

 それに…

 ちらりと、困った顔をしている黒髪の騎士に目をやる。


 このエドワードとかいう男。先ほど漏れ聞いた話から推測するに、一緒に旅するメンバーに入っているのは間違いない。

 こいつは、自分がいないちょっとの間に、リアを名前で呼び捨てにしている。リアだってエクセル卿ではなく名前で呼んでるし…。


「本人がそう言うのなら、連れて行ってやれば?どちらにしても、狙われるってことなんだろ?」


 レビが男たちに問いかけた。


「『宿命の御子』の所在は、すでに『黒の聖母マータ教徒』に知られてしまったと考えるべきだろう。組織が本格的にさらいに来るのは時間の問題だ。さらに別行動をすれば、神器を入手後に引き返す時間が無駄にかかる」


「神聖魔法の使い手の叔父上に騎士団副団長の俺とレイリア。騎士団の腕利きも数人秘密裏に同行させる。必要なら魔術師もだ」


「私もいっしょに行くよ。昔と取った杵柄きねづかって奴さね。それなりにお役に立てるよ」


「リア、お願い!」


 皆に言い含められ、とどめにウルウルした瞳でお願いされ、レイリアが肩を落とした。


「仕方ないわね。絶対に私から離れないで。約束できる?」


「約束するよ、リア」


『ってことは、俺たちも一緒だよな?』


『そういうことになりますね。せっかくの平和な生活ともお別れです』


 頭に響いたお馴染みの声にアンジェは周囲を見回した。


「ジンジャーとスノーなら、無事よ。大司教様が治癒なおしてくださったわ」


(よかった。治癒術はあいつらにも効いたのか。ま、中身は何であれ、身体は猫だからな)


 のそのそとどこからか這い出た猫たちを見て、いかにも子供っぽく尋ねてみる。


「あの子たちも連れて行っていい?置いていくのは可哀そう。きっと寂しがるもの」


「猫も?アンジェ、あなた、本当に、危険な旅になるってわかってる?」


 呆れたレイリアにレビおばさんがにこやかに言った。


「猫2匹くらい増えたって、危険度が変わるわけじゃないさね」



*  *  *  *  *



 またもや猫をどうするかですったもんだの末、最初の目的地までは連れて行くことに落ち着いた。と言うより、付いてきてもかまわないことになった。


「ジンジャーとスノーに無理強いしてはだめ。あの子たちが他に行きたい場所ができた場合は自由にしてあげること」


 最初の目的地『蒼い輪の街コバルトリングシティ』は、今のところは、知る限りにおいては、危険だと言う風評はない。


 猫たちが勝手に付いてきた場合は、できる限りにおいて面倒を見る。どっかに自主的に別行動をとった場合は深追いしないという約束で。


 アンジェがどう思おうと、猫は気まぐれ。犬のように飼い主に忠実ではない。元々野良猫だったのを、アンジェが拾ってきた猫たちだ。嫌になれば他に居場所をみつけるだろう。痛い思いをしたばかりなのだから、危険だと思ったら、今度はさっさと逃げるに違いない。


 レイリアの言葉にアンジェは機嫌よく頷いた。

 喉を鳴らしながら添い寝していた猫たちもニャーと鳴いて合意を表したようだった。



*  *  *  *  *


『すまない。其方には迷惑をかける』


「いいえ。喜んで拝命いたします。我らは『聖なる方々セイクリッド』から受けた御恩を決して忘れません。最期の一人になるまでお仕えする所存でございます。御子様たちはお守り致しましょう。この命に代えましても」


 現在は『レビおばさん』と呼ばれる戦士は『主』の幻影に恭しく礼を取った。

 

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