第7話 前線
前線の様子は荒んでいた。もうすでに怪我人や死人が担架に乗せられ、軍医や看護師が慌ただしくしていた。薬の名前や、病状が叫ばれる中、傷や欠損に喘ぐ同胞たちの苦しみが混ざり、まさに地獄と化していた。
僕やアルやウェイドは事前に持たされたバックパックを背負い込み、前線へ続く道の前で張られたテントで銃を抱え、走っていた。大勢が塹壕の中で次の人員を呼びかけ、砲撃に恐れを抱きながら地に伏し、時に反撃を行うために立ち上がり、大砲に弾を込めていた。
何かのスポーツなのではないかと思わされるくらい辺りは熱狂していて、皆異様な興奮に取り憑かれているようだった。
どういうわけか、僕も戦場の熱狂に取り憑かれ、訓練通りに教わった砲撃の手順も進めていった。
伏せろという声に従い砲撃から身を守り、死とすれすれの一瞬一瞬を過ごしていった。
少しすると後ろから勇ましい叫び声が押し寄せるように聞こえて来た。軍学校では機甲科でしか乗り方を教わることのできない小型四脚戦車、軍学生の間では「大砲ガニ」と呼ばれる兵器が五、六機程、塹壕の窪みを大きな脚を越えていった。僕はつられて「大砲ガニ」のあとを視線で追い、その快進撃を目に焼き付けた。
その日の夕方には前線は「蒸気ムカデ」が停まった地点よりも数キロ程離れていた。夜には兵士が焚き火を囲い、今日の快進撃を祝し、勝利を謳っていた。僕とアルは共に夕飯の配給を黙って食べていた。多くの同胞の死を目の当たりにしてきたのだから、無理もない。いつか、僕らもああなるのだろうか、早く帰りたい。でも僕の場合は、帰る場所なんて無かった。幼少の飛び込み事件の11年後、僕が軍学校に編入させられまで1年前に急病で死んでいた。母はまともな精神状態で居られなくなり、精神病院に入院し、一人っ子だった僕は寮生でつきっきり面倒を見てくれる軍学校に行くことになった。(これは余談だが、ケルネの子供は両親による養育が不可能になった場合、必ず軍学校か強制労働所に行くことになっていた。)
アルの帰る所はあるのだろうか。まだ聞いたことないが軍学校からのよしみなあたり聞かない方が良いのだろう。
僕たちの隣に座る人間が一人いた。軽い挨拶を済ませ、出身の科を聞くと機甲科らしかった。
「君たち名前はなんていうんだ。僕はユーリ。」
「僕はシーラー。こいつは軍学校時代からの友人のアルだ。」
僕は続けて聞いた。
「なぁ、機甲科ってことならもしかして」
「あぁ。さっきカニに乗ってたやつだ。凄かっただろう、うちの搭乗員(クルー)の腕前。これでも機甲科でもトップの成績だったんだ。」
確かに、一機だけ動きが素早いのがいた。迎え撃ってくる大砲を避けては敵地の要となる補給基地や敵兵の密集地帯を確実に狙い撃っていった「大砲カニ」が。あれがユーリの機体だったのか。
「いやはや、凄かった。多脚戦車なんて微塵も知らないけど、素人目に見てもかっこよかったよ。」
ユーリはありがとう。と一言いって配給の水を一飲みした。僕は途中で見なくなったウェイドを知らないか聞いてみた。
「なぁ、ウェイドって名前のやつをみてないか?歩兵部隊だから知らないのも無理はないんだけどさ」
「…」
ユーリは少し間を置いて口を開いた。
「人違いかもしれないが、ちょうど俺がここについた時、知り合いがいないか医療テントを少し歩いたんだ。その時にウェイドってやつをみた気がする…」
僕とアルは顔を見合わせ、急いで医療テントに向かった。
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