24話 コンコ「わたしの好きなもの?」

「こうだよ、こう。親指と人差し指と中指を添えて……」

「ふいい゛いいいぃ…………?!(ぷるぷるぷるぷる) ああぁ!!(バラバラに崩れる寿司)」

「ありゃーあ残念……んじゃあこの四散した亡骸も おれが食うから。次はどのネタに挑戦する?」

「くうぅ………次…………次は、この橙色で……っ」

「サーモントロね。さあて今度こそ、ちゃんとお箸で食えるかなあ?(笑)」

「みぃ君おもしろがってない!?コンは真面目にやってるからね!?(怒)」



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「ううぅっ、お箸ほんとに難しい……」

「ま、まあ寿司は難易度高いほうだと思うよ。始めたばっかだし仕方ないって」


 回転寿司のお店を出て わたしは、がっくりと肩を落として項垂れる。早くお箸を使えるようになるためと何度も挑戦してみたけれど、結局お寿司をちゃんとお箸で掴むことは出来ずじまいだった。お寿司は手で食べてもマナー違反じゃないんだよ、と言う みぃ君の言葉を信じて、最終的には手指てゆびで摘まんで食べた……。悔しかったけど、お寿司は美味しかったです。


「さて、次は……腹ごなしのお散歩タイムにしますか」

「おさんぽ?」

「そう、この辺りの案内がてらね。コンねーちゃんも土地鑑みたいのを身につけないと、ひとりで出歩いた時ウチまで帰ってこれなくなっちゃうだろ?」

「それは、たしかに……」

「ここまでの道とか、覚えてる?例えばだけど、ここからひとりで帰れそう?」

「え、あっ。……………………ご、ごめんのじゃ……。そんなこと、全然ちっとも考えてなくて……たぶん、迷子になっちゃうと思う……」


 みぃ君の方を見て、みぃ君との会話に夢中で、ただただ みぃ君に付いていってただけ。景色や道なんて、いっさい気にも留めていなくて。うーんなんとも、浮かれぽんちな……。


「や別に、責めてるわけじゃないし謝らないでほしいけど……そういうことだからさ、色々見ながら のんびり歩こう。はぐれないようにね。」

「はいっ。」


 あらためて意識を引き締めなおし、みぃ君と並んで歩き出す。浮かれてばかりでいられない。土地かん……とても大事なものだ。今の わたしはを、疎かにしたら駄目なのだ。ふんすっ。


 ……というわけで。ふたり街中を穏やかな歩調、景色に目を向け、歩いて回る。

 流石は都会、様々なものが隙間なくそこら中を埋めていて、少し移動するだけでも景色は一変してしまう。情報量が多すぎて、真面目に歩いているとクラクラしてくる。


「今日の予定としては、最終的に鍵屋に寄って合鍵を受け取ってから帰ることになるわけだけど……だから、その手前でスーパーへ買い物に行くつもり。とりあえず決めてる流れは、そのくらいで」

「ふむむ」

「それ以外はなんも決めてないし、時間はまだあるから……何かコンねーちゃんのリクエストがあれば応えるぞ。こういうとこ行きたいとか、何か食べたいとか、少し休みたい、とか。もちろんこのまま歩き回っていてもいいし。」

「んっ、ありがとお。とりあえずだけど、今はまだ……こうして歩いているだけで───」


 みぃ君にそう返しつつ、きょろりきょろりと首を振り振り右手左手の景観に目をやっていると。


「…………みぃ君。あれは……なに?」


 ひとつの看板が、目に留まった。

 文字は読めない。けれど、そこに添えられた記号。絵と呼ぶにはだいぶ単純な、図形を組み合わせたような「それ」が、わたしの興味を惹いたんだ。

 


「ん? えーと……アレのこと?あの看板の店? 『いろは文具店』のこと?」


 わたしが指さした看板を見て、みぃ君はそう答えた。


「文具店……!やっぱり!」


 看板に描かれたものが、いわゆる筆記具……鉛筆か何かのように見えたのは、やっぱり気のせいじゃなかった!

「みぃ君っ、わたし、あのお店に入ってみたい……どうかなっ?」

「お、おぉ……?ぜんぜん別に、構わんけども……?」

「じゃ、じゃあ行こっ!ほら!早く早くっ」

「なんだなんだ一体なんだ、いったい何がそんなになんだ!?」

 わあわあと二人喧しく、その看板のお店へと。


 入り口、手動の扉をみぃ君が引いて開けてくれる。入ると、見るだけで木の薫りが漂うような木目調の雰囲気で統一された、爽やかな店内の様子が広がっていた。

 端から端まで几帳面なほど丁寧に並べられた商品の列。広い全体を眩しすぎない照明が照らし、ある程度の数の客がいる割には静かで落ち着いた空気感。雑多で賑やかな先程までの都会から、切り離されてしまったような。

「み、見て回ってもいいかなっ……」

 そう小声で確かめる わたしに、みぃ君が軽く笑いながら頷いてくれたのを見て。思わず走り出しそうになる気持ちをこらえて早歩き、店内を眺めては、齧り付くように並べてあるものを確認していく。なんだか、胸がぴょんぴょんしている。

「あれもこれも、紙に……筆……えんぴつ、けしごむ、どれも画材……!すごい、これ、ここぜんぶ、ぜんぶが筆記具のお店なんだ……!」

 当たり前といえば当たり前だけど、その規模にわたしは感動だ。

 書くことって、言ってしまえば紙一枚と筆一本でも事足りる。でも、それだけのはずなのに、それだけじゃあなく、こんなにも。広くて、綺麗で、こんなにも!

「たしか、たしか、今は色々ぺんがあるんだもんね……サーペン?ボーぉペン?だっけ……最近の子たちはこういう、カチャカチャするやつも使ってて…………あ!のーと!書き込むための紙の本……!なんだろ、なんで表紙がねずみの写真なんだろう、かわいいなぁ……!」

「ぷふっ、くくく……! はぁあ、ネズミってか、それはハムスターだね。……なんだよ、ずいぶん楽しそうじゃんか?コンねーちゃん」

「はへっ?? ………………あっ!」


 後ろから声をかけられて、ハッと我に返った わたし。みぃ君さえも置き去りにして、夢中になっていたみたい……!ていうかなんなら、声まで出してた……!?


「ごっ、ごめんね!?なんだろう、つい……?!」

「謝らなくていいんだって。でもなんていうか、意外だったな。コンねーちゃん、こういうの好きだったのか」

「え、好き……? いやっ、ううんと、好きっていうか…………そうじゃなくて。わたしは…………」


 好き……とかでは、多分、なくって。

 ただ…………わたしは少し前から、が絶対に「必要」になる。そう思うようになっていたから。

 ……だから少し、興奮しちゃっただけ、だと思う。


 

「…………みぃ君。わたし、お願いしてもいい? ひとつ おねだり、言っても……いいかな。」

「うん……?」

 


 わたしに必要だと思う。これから、絶対に必要なもの。必要な「それ」の、その為の手段、その為の道具。だから、いずれ欲しいと思ってた。これらが要ると思ってたんだ。これからのわたしに、ここのおコンコの為に。


  

「筆記具、必要最低限の。紙と筆。それをわたしに、くれないかな? なに紙でも何ぺんでもいいの。書くもの書く為のものを、わたしに…………買って、欲しいんですっ。」

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ここのおコンコの恋物語 TH @thisanidiot

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