23話 コンコ「きみの好きなもの」
鍵のお店を出て、わたしたちは再び歩きはじめた。そこから……まだ数分ほどしか経っていないけれど。
「ひ、
多いなんてものじゃない。こんなに……これが全部、ぜんぶ人間?
隙間なく道を埋め尽くす人、人、人。それらが絶え間なく動き続ける様は、落ちた飴玉に集っていた蟻の群れを思い起こさせた。
「今日は休日だからね……はぐれないよう気をつけて」
「ううう。すごい、呑み込まれそう…………」
「コンねーちゃんは小さいしなあ。そうだ、手を───、」
「んっ?」
「あっ、いや……何でもない。人の流れに流されないよう、おれから目を離さないように、ね。もちろん、おれの方も気ぃつけるよ」
「うん…………はああ、すごいなあ。東京。」
わたしの地元(で、いいのかな?)の田舎では、考えられない規模の人数。大きなお祭りの時でさえ、ここまでの数は見なかった。圧巻。
「必要なものの買い出しはさ、荷物増えるから最後にしようと思ってるんだよね。昼飯食うにもまだ早いし……コンねーちゃん、どこか行ってみたいとことか興味ある場所とかある?」
「えっ。うーん……特には……?」
「だよね。んじゃあさ、おれの趣味に少し付き合ってよ。」
「しゅみ?」
ほほう?みぃ君の趣味とな?
興味を惹かれるその一言に、思わず妖の獣耳がぴこりと飛び出てしまいそうになった。
「着いてきてくれたらわかるさ、コンねーちゃんなら。」
そう言って笑う みぃ君の胸元には、これでもかと主張してくる写実的な魚の姿が。わたしには読めなかったけど、丁寧にも「
うん……何が言いたいかというと、つまりは
・
・
・
「趣味って、そういうこと……なるほど……。」
「うおっ、30万のアロワナ売れてんじゃん!やっぱ買う人は買うんだなあ〜」
連れてこられたのは……いわゆる、ペットショップ。ビルっていう巨大な建物の中の、わたしたちが今いる場所はアクアリウムコーナーと呼ばれるらしい、沢山の水槽がずらり並んでいる区画。
こぽこぽと空気の泡が水面に上がっては割れていく音が、そこかしこから聞こえてる。
「あっ、これは小っちゃいザリガニ?かわいい」
「コンねーちゃんってエビも知らないんだっけ……? それザリガニとは違うぞ。」
「ええー、同じに見えるけどなあ……? みぃ君が水路でいっぱい捕まえて集めてたアレと……」
「まあ仲間といえば仲間なのも間違いじゃないんだけど。水棲の甲殻類としてエビとカニを分けるならザリガニは当然エビ側だし。でも同じだって纏めちゃうのはあんまりだぜ、ザリガニにもエビにもそれぞれ色々と種類があってさ……ちなみにこっちはレッドビーシュリンプって(ぺらぺらぺら)」
「は、はやくち」
語る語る、みぃ君が楽しそう。これが趣味かあ、なるほどと納得。
犬を連れてたり、虫やらを追いかけまわしていた小さい頃と同じように、大きくなった今もどうやら生き物のことが好きみたいだ。
この様々な生体を販売しているペットショップという空間は、生き物が好きな者にとっては居心地のよい空間なのだろう。
「みぃ君は……こういうところも、変わってないんだね。ふふっ」
「流石にもう虫捕りとかはしないけど、生き物のことは割と今でも好きなんだ。ここでなら無限に時間つぶせるからさ、暇な時とかついつい来ちゃうんだよ。このビルはかなり規模のデカいショップで、犬猫とかの王道コーナーはもちろん、爬虫類のとこもスゴい広いぞ!」
「へええ〜……。そしたら、なにか飼う予定があるの?ほしい生き物とか。」
「あぁいや、自分で飼ったりするつもりは今の所ないくて……。 ほら、ボスのこと覚えてる?たまに散歩させてた小っちゃい犬のこと。」
「! もちろん覚えてるよっ、懐かしいな……!」
「あの犬もう、その、逝っちゃったんだけど。」
え。
「……まあー水分枯れるくらい悲しかったし、虫とかの命だって短いし…………飼うのはもう、っていうか、こうして眺めてるだけでも楽しいよなって感じで。だからまあ、ウィンドウショッピングっていうんだっけかな これは。」
「あっ…………そう、なんだ。そっか……」
『ボス』……小さい頃の みぃ君が連れてきて見せてくれた犬。いかつい名前に反して体は小さく愛らしかった、あの犬。そっか、亡くなっちゃったんだ……。
「ふわふわ、触ってみたかったな……。」
今のわたしなら、さわれるのに。さわれたのに。
これは……わたしが間に合わなくて、取りこぼしたもののひとつなんだ。今まで逢えなかった空白の、取り戻せない不可逆なもの。生き物の寿命っていう、時間制限……。
みぃ君との再会に間に合っただけでも充分に上出来と言えるはずなのに、あの犬を思い出して 悔しく悲しくなってしまうのは……我ながら贅沢というか、欲張りな話かもしれない、な。……なんて。
「……そんな顔しないでくれよ、コンねーちゃん。
犬は、なんだその、また機会が…………あぁそうだ、今度いいとこ連れてくからさ。」
「あっ、ううん、なんかごめんねっ!…………いい、とこ?って?」
いけないいけない、しんみり感が顔に出てたみたいだ。気を遣わせちゃった……。
「おお、そらもうペットショップよりも身近にな…………いやでも、あの子はちょっと気難しいけど……まぁでも大丈夫だろ、この話は またいずれね」
「…………?」
なんだか持って回った言い方をされて気になる。いずれ……なんだろう?
「ほらコンねーちゃん、メダカかわいくねメダカ。」
「めだか。うん……可愛い、けども? なんだか他のキラキラした魚とかに比べると……少し地味な感じのじゃ? あっちのお魚なんて、羽根?が凄いヒラヒラ〜ってしてるし」
「いやなんか、一周回ってね。一周回ってメダカが良いなとなるんすよ何故か……。は〜あ〜、飼いたいなメダカ。ヌマエビとかと一緒にさあ。」
「えっ飼いたいの?だって、さっきは……」
「飼わないし飼うつもりないけど、飼いたいナという気持ちはしっかり あるんだぜ……?」
「………………複雑、なんだね……??」
「てかずっと魚とかエビとか見てたらさ、食べたくなってきたじゃんな。よし昼飯は回転寿司にするか!」
「えっ、たべるの!?それって、いいのっ!?好きって、そういう感じでいいの!?」
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