14話 コンコ「衣服あれこれ」

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「そんじゃ、ゆーゆ……コンねーちゃんを風呂に入れてやってくれるか」

「えっ……。私が、ですか?」


 ぎゃあぎゃあと喧しかったであろう一連のドタバタ騒ぎから、どれほどの時間が経過したかはわからないけれど……今ようやく、ここ405号室の空間は落ち着きを取り戻していた。

「…………グスン。」

 そしてわたしは、ハナをすすり泣き腫らした顔のままに みぃ君から限りなく遠ざかるよう部屋の隅っこに背中をつけて体育座りでイジけている。破壊されたわたしの乙女的尊厳は未だ回復していない。誰が悪いかと言ったら、それは自分自身でしかないのだけども。


「男の おれが付いてやるわけにもいかないしさ、頼むよ。仲良く同じ湯に浸かってやれとまで言わないけど、風呂の仕組みにシャワーやシャンプーの使い方、タオルとかドライヤー……コンねーちゃんは多分、なにもかもが初めての事だろうからさ」

「…………ふう。仕方ないですね」


 言って、タマちゃんがわたしに向き直る。


「そういうわけなので、行きましょうか。着いてきて下さい、ここのお さん」

「あ、ぅう…………っっ」


 話の流れは聞いていたけれど、とてもとても申し訳なくなっている。わたしに良い感情を持っていないであろうはずのタマちゃんに、余計な手間をかけさせるのが心苦しい。どんな顔をしたらいいのか……。でも、このままじゃ……不潔なまま(オブラートに包む)じゃ、まちがいなく嫌だと思うのも確かであって。

「よろしく、お願いします…………」

 よろよろと立ち上がり、縮こまりながら そそくさと歩み寄って、俯きがちになる頭を更にぺこりと下げた。こうして近づいてしまった今も、くさい汚いなどと思われているに違いない。

 き、消えてなくなりたい……なんてみじめなんだろう、わたしは……。


「……よっし!んじゃ おれは夕飯の支度だ。そっちは任せたぞ我が妹!」

「任されました、兄さん。兄さんが作るカレーが待っている……それだけで、私はなんだって頑張れます。」


 笑顔でグッと親指を立てる みぃ君と、無表情に……いや、心なしか少しキリッとした顔で応えてピースするタマちゃん。ほんと仲良いなあ……。いいなあ……。


 そうしてタマちゃんに着いていく形で脱衣所へと。玄関まで通る廊下からの入り方で案内されたけど、脱衣所には炊事場── 台所へと直接繋がる扉があった。この扉……引き戸いちまい隔てた向こう側、すぐそばが みぃ君の居る台所だ。ここを開けてしまえば、さっきまで居たところからすぐ来れる。なのに近かったはずのこっちを使わず、遠回りの方から連れてきてくれたのは……みぃ君から物理的に遠ざかりたがってるわたしの様子を見て、タマちゃんが気を遣ってくれたのだろうか……?ここを通るには、みぃ君と台所の横を通り抜ける必要があるから。

 

「とりあえず、洗濯物……脱いだ服はこちらに入れて欲しいのですが、貴女のそれは……和服、着物?ですよね? 材質は……そのまま洗濯機で洗っても良いものなのでしょうか。丸洗いとかって、駄目なようなイメージが…………私、あまり詳しくなくて」

「服……あっ、わたしの?」

 せんたくき……人の、服を洗ってくれる機械。タマちゃんの口ぶりから察するに、洗って良い服とダメな服があるのかな?そのあたりは良くわからないけど───。

「これが洗って傷むかどうか、みたいな心配だったら、それは全然無用のじゃっ。これは、なんて言えばいいかな……『服だけど、服じゃない』からっ」

「………………?? それは、どういう……?」

 

 この今、わたしが着ているものは。そもそも根本的に、だ。

 

「人が布や糸を縫って作ったものとは違う……わたしの、ここのおコンコっていうあやかしの、存在の一部みたいなもので。汚れたりはするけど、破れても、千切れても、いずれ自然と。わたしっていう存在がこの世に在る限りは……たぶん。」

「…………成る程。存在の一部……それは、皮膚のような?脱いで、体から離すことって……?」

「大丈夫のじゃ。人みたいに、普通に脱げるよ。ここを解くだけで、んしょ…………ほらっ(すとん)」

「えっ、下着は!?何も穿いて無かったんですかっ!!?」


 ド ガシャァぱりーん!!!

 ゴトン!ガンッ!


「ひゃあっ!?」

 台所の方からすごい音が聞こえてきた。食器か何かが割れたんじゃないだろうか?

「みっ、みぃ君っ!?どうしたの!?」

「兄さん……」

 

「すすすスマンっ!?! いやっ、だっ、大丈夫!!!」

 

「……今のは、大きな声で指摘してしまった私の責任でしょうか……。ふう、」


 そういえば。あんまり意識してなかったけど、台所……みぃ君がいるのは、引き戸の向こうのすぐそばなんだ。距離なんて有って無いようなものだ。そう考えると、なんだか……。

(ちょ、ちょっと今更に緊張感……いや、恥ずかしいのかも……っ)

 服を脱ぐという行為も、肉体を得るまでは自分に無かった概念だ。当然、肌の全てを外にさらすことも。いま、タマちゃん相手には何の抵抗も無かったけれど、もしも みぃ君が相手だったら……?わたし、肌を、見られたら…………?

 …………うううっ、駄目だ!考えないようにしよう……!なんだか、なんだか、バクハツしちゃう!!


「…………少し声量、落としましょうか。どうして下着、つけてないんです?上ならともかく、下の方は……」

「したぎ……コレのことでしょ? 人の服で言うところの……」

 脱ぎ落としたものの中から、1枚を持ち上げてみせる。湯文字という呼び名までを憶えていたわけではないけれど、わたしにとっての人間の女性の下着はこんな感じって印象だ。………………あれっ、わたしの持ってる印象って……?これは一体、いつのだろ……。

「布巻いてるだけじゃないですか、そんなの……。ちょっと待っててください。昔の私の未開封のが確か、古い箪笥にあったはず……」

 脱衣所を出ていくタマちゃん。ううう、なんだかまたひとつ手間をかけさせてしまったみたい。下着かあ……気をつけなきゃいけないこと、覚えるべきことはたくさんある。どんなことだって疎かにはしないぞ。ちゃんと……しっかり、学ぶんだ。


 

「はいてない……のーぱん? はいて、ない、なかった、ずっと??……ずっ、と………………??? まさか、そんな……そんなこと…………」


 

 台所の方からブツブツと何か聞こえてくる。みぃ君が独り言でも呟いているのだろうか。なんだろう、耳をすませてみようかな……と思った矢先にタマちゃんが戻ってきた。

「これあげますから、下着は ちゃんと穿くようにしてください。人間のものを着てはいけないわけでもないでしょう?」

「うっ、うん。…………えと、ありがとうのじゃ、タマちゃんっ」

 

 下着(新品の綿ぱんつ、3枚入り)を いただいた。

 

「あと、こっちも。私のお古になりますが……それらは今から洗濯もしますし、寝る時までずっとキッチリした格好をされていては、見ているこっちも疲れますから」

 

 これはおそらく、寝巻きだ。寝巻き(お下がりの上下組、長袖長ズボン、薄桃色)を いただいた。

 

「何から何まで、ごめんなさい……」

「……別に、謝る必要はありません。どのみちもう使われることもなかった筈のものですから」

 ふい、と視線を逸らされた。その仕草は一見すると、冷淡であると取れなくもない。でも……。全然まったく、そんなことはない。

 

(優しいな。)

 

 胸があたたかくなる。この子から どうしようもなく漏れ出てしまっている人のさを感じてしまって、奥の芯まで沁み入るようだ。

 

(わたし、この子のこと、好きだな。)

 

 そう思えることが、心の底から嬉しいと思う。大好きなひとの家族を、大好きになれそうだってことが。嬉しい。


 


「……それじゃ、こちらに。とりあえずは、私も一緒に入ります。掃除の仕方も沸かし方も、全部ちゃんと教えますから……わからないことがあれば都度 言ってください。」

 

 服を脱いだタマちゃんが、浴室に続く扉を開ける。なんとなく、ごくり……!

 緊張。『裸の付き合い』が今、始まったのだった。

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