第5話 イヤイヤ期かいな

「ほら、はよ降りてきんしゃい!神社に登るとか罰当たりにも程があるで!」


 そう言って俺は両手を広げる。

 しかし、当の本人は俺の話も聞く様子がなく、


「で、この人を捕えればいいの?それとも――殺す?」

 《“来てくれましたかはるさん…!上層部からは貴重な研究対象なので殺すな、と仰せつかっています”》

「ん、分かった。という事で大人しく捕まって?」

「いやなん―――」


 答える暇もなく、両手を広げる俺に飛んできたのは見えない風の刃であった。


「会話もせずに、いきなり攻撃とは…野蛮すぎるにも程があるで」


 刃をかわすと、目の前に迫る春と呼ばれた少女がその短刀を振りかぶっていた。


(この子の名前や使う得物から予想するに、やはり此処は地球……それも俺の第二の故郷、日本か…?)


 と推測を広げている間にも、幼女の両手は止まらない。


(ほっそい腕でよくそんな斬撃が出せるな)


 おそらく魔力を纏っているのだろうが、その密度は高い。一級の掃討師というのがどれほどの存在なのかは知らないが、この幼女に関しては、年齢の割には実力者と言って良いだろう。


「む、当たらない。読まれてる?」

「はは!そりゃあ、そんなに目線送ってたらバレバレやがな」

「……なら、これはどう?」


 振り下ろされた幼女の刃が―――加速する。


 が、俺は人差し指と中指で刃をつまんで止める。


「……!」

「初めはスキル【飛斬】、その次には、【加速】かいな。ここ地球やろ?なんでスキルがあるねん」


 【加速】なんて、向こうの世界では王道スキルだ。スキルの熟練度も低いみたいだし、この通り、速いだけなら簡単に捉えられる。【飛斬】は勇者が設置型魔法陣に組み込んでいた記憶がある。勿論、こちらの練度も勇者には及ばない。


「嬢ちゃん、流石に心の広い俺もこんなお遊び・ ・ ・に付き合ってる暇はないねん。分かるか?」

「ッ!来て、グベル!」

『グルルル…ワウッ‼︎』


 すると幼女の影から、狼?犬?が飛び出して来た。


 コイツが幼女のいうグベルなる者なんやろうが、俺にはただの犬っころにしか―――ん?この犬………マジかよ!実体は持ってるけど、魔力体やんけ!


 魔力体とは、魔力で身体が創られている生命体のこと。

 殺しても体を構成できるほどの魔力があれば蘇るので、ここと比べて自然の魔力が桁違いに多い向こうの世界では、相当厄介な相手と認識されていた。討伐対象ではないが大精霊や亜神もこの部類だと記憶している。


(魔力体をテイムしてるんか?いや違うな。もしそうなら魔力的な繋がりが見えるはずや。が、二人の間にはそれが無い。

 この場合、意思だけ何処かから持って来て、自分の魔力を使って魔力体を創り出してるのが正しいか…?実体化できるのは、その魔力を変質させて体の表面を覆ってるからやな。器用なことするなぁ)


「俗に言う“式神”と言うやつか?なんにせよ、面白いものを見させてもらったわ。ただ―――」


 そう言うと俺は、噛みつきにかかって来る犬の頭を鷲掴みにして、魔力を操作する。


 魔力体は魔力でできており、それが意思に則って動いているのなら、直接触れて内部の魔力回路を乱して仕舞えば良い。


 俺は、実体化に必要そうな魔力回路を全て断ち切り、ぐちゃぐちゃにしていく。

 

 今、敢えてこの犬の感じている現象を代弁するなら、全身の筋肉が引きちぎられ、腸が引き摺り出された挙句脳みそがミンチにされている感覚が最も近しいだろう。


 犬は当然、声にならない様な悲鳴をあげるが、暫くして実体化すら出来なくなったのか、ダラリと身体を垂らして消えていった。


「体表の保護が甘いな。そんなんやから、こういう風に内部から破壊されるねん」

「グ、グベル‼︎…貴様、よくも!」

「いやいきなり攻撃して来たんはソッチやん……。何逆ギレしてんの、怖いわぁ」


 それに魔力を込めればまた復活するんやし、そこまで怒らんでも良いやん。


(それにしても、まだ分かってない節もあるけど、ここは日本で確定っぽいな。どうやら、スキルらしき存在もあるようや。

 俺が前世でおった日本はそんな代物は無かったはずやが……実は前世にもスキルは存在してたが世間には公表されていなかったのか、はたまた、ここが俺の居た地球の平行世界なだけなのか。いずれにせよ要調査やなコレ。

 ………まずは逃げるか。コイツらも碌な連中やなさそうやしな)


 俺が逃げる雰囲気を感じ取ったのか、攻撃の手を速め始めた幼女だったが、俺の軽い蹴りに吹き飛ばされ背中から木に衝突する。


 やられたらやり返す。

 これ、俺のモットーやからよう覚えとき。


「ほな、俺はそろそろお暇させて――――














「捉えたぞ。」




――――ボシュン




 俺の肩に風穴が空いた。

 鮮やかな血液が勢いよく吹き出て、高く飛び散った肉片がようやくビチャリと地に落ち始める。


「ガハッ…!……………い、痛いやんけ…」


 肩から胸にかけて空いた大穴を押さえて、俺は即座に探知を広げる。

 すると、結界ギリギリに位置する巨岩の上に一人の黒髪の男が構えていた。


(………ライフル…?)


 男の持つ得物の先端からは、熱された煙が蒸気している。男は無表情で、ガチャリとボトルハンドルを引いて次弾を装填する。

 そして、それと同時に俺の肩を射抜いたであろう薬莢が地面に落ちて跳ねる。


 しかしながら、肝心の打ち終えた弾は俺の周りの何処にも見当たらない。


(てことは、あのライフルの弾も魔力で出来てるんかいな!……クッソ、余裕見せずに常に【探知】発動しとけば良かった!俺のアホんだらが!)




「次弾、装填完了」


瞬間、そんな無慈悲な声が俺の耳に聞こえた。

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