第16話

 ――僕は昨日、昼間の公園で『白い少女』に遭遇したこと、長峰さんの話、真夜中の出来事などをかいつまんで話した。

 簡単な相槌以外は、美天はほとんど口を挟まなかった。

「……この家に来るなんて」

 全部聞き終えて、青ざめた顔で呟いた。

「それに、昼間に遭遇するなんて、今まで聞いたことないよ。何でなんだろう」

 僕は話し終えて、麦茶を一口飲んだ。すっかりぬるくなっていた。

「うん……。長峰さんが言うには、お盆ってあの世とこの世が近くなる時期だから、そういうのも影響しているかもって」

「でも、『白い少女』は悠じゃないんでしょ?」

「悠じゃない、と思う。……でも、悠に見えるから怖かった。僕や美天が知っている悠とは、表情も存在感もまるで違うんだ。まるで、悠の皮を被ったみたいで嫌悪感さえあるのに、懐かしいって感じるのが悲しくて……」

 言いながら僕は頭を抱えた。

「もし、『白い少女』の中に悠の魂みたいなものが残っていたらどうしよう……。それが、僕や美天に執着していたとしたら?」

「――そんなこと、私もわからないよ」

 美天は小さい声で答えた。

「……それに、私の前にはまだ出てきてくれないし。私だって悠のことずっと心配していたのに」

 少しすねたような口調になって、美天はテーブルに肘をついて頬杖した。僕は苦笑いする。

「正直、『あの白い少女』には、美天は遭わない方がいいと思うよ」

「……そうね。不謹慎だった。ごめん」

 美天ははっとしたように謝った。僕は首を振った。美天だって、本当に悠のことを心配して悲しんでいたのを知っている。


「――そういえば、お守りをくれるって話はどうなったの? 玉泉寺から連絡が来るって言ってたよね?」

「うん。本当は、お盆の前にはって言ってたんだけど。連絡は来てないね」

「……おかしくない? 鈴木さん、そういう約束はちゃんとすぐ対応してくれる人だよね?」

 美天も、鈴木さんの人となりは知っているから訝しげだ。

「うーん。忙しいって言ってたからそのせいかな……? あまり催促するのも気が引けて」

「私ちょっと聞いてくるよ」

 その辺のコンビニに行く感じで、美天は言った。

「え、これから?」

「だって、今夜だって『白い少女』が来るかもしれないじゃない」

 僕は思わず、今夜も『白い少女』が窓を叩くイメージが湧いて青ざめた。それは本気でやめてほしい。

「私はまだ遭遇してないし、今は昼間で、ここからはお寺まで五分くらいだからすぐだよ」

 美天は俄然行く気になっている。

「この暑さのなか、翔が出歩いたら余計体調おかしくなると思うよ。私が行く方がマシ。……それはそれとして」

 美天が僕の顔を見据えて言った。

「その前に、翔は何か食べないと。何も食べてないでしょ」

「……牛乳は飲んだ」

「それは食事じゃない」

 すかさず言い返されて首を竦めた。

 美天はスタスタとキッチンに行ってしまう。僕は慌てて後を追った。


 言われるがまま、食材や調味料の場所、お皿などの位置を伝えると、美天はてきぱきと動き、二人分のお茶漬けを作ってくれた。僕の分は梅干しと塩昆布、美天は鮭フレークにお茶をかけた簡単なものだった。でも、うれしかった。

「何から何まですいません」

 テーブルで頭を下げると、美天は照れくさそうに笑って、

「召し上がれ」

 と言った。

「「いただきます」」

 手を合わせて二人で食べ始める。

 一人では何も食べる気が起きなかったけれど、食べ始めると胃にするすると入った。梅干しと昆布の塩気が染みる。

 小学校のころ、僕たちはお互いの家で、たまにお菓子やご飯作りの手伝いをしながら友達と遊んだ。美天の家では主にお菓子、僕の家ではお昼や夕ご飯。

 小学校高学年になり少しずつ回数が減ってきて、中学も分かれてしまったので、食卓を挟むことはとても久々だった。懐かしいような、こそばゆいような変な気分だけれど、悪くないな、とこっそり思った。


 簡単な食事はあっという間に食べ終える。――食後の片付けをしている間(流石にそれくらいはする、と僕は譲らなかった)、美天は玉泉寺に電話を掛けていた。何度か掛けているものの、繋がらないらしい。

「変ね……ずっと通話中になってる」

 スマホを見ながら美天は呟いた。玉泉寺は忙しい時期だって言っていたけれど、ずっと電話が繋がらないのは珍しい。

「やっぱり、私ちょっと行ってくる」

 そう言って素早く支度をしてから振り返ると、僕の顔を見て微笑んだ。

「……うん、だいぶ顔色が良くなったよ。よかった」

「うん。美天のおかげだよ。ありがとう」

 自分でも、朝起きた時よりずいぶんと体が軽くなった気がする。僕が素直にそう告げると、目を瞬き、美天の頬がうっすらと赤らんだ。僕はそんな反応をされると思わなかったので、急に恥ずかしくなって何と言っていいかわからなくなる。

「……じゃあ、行ってくるね」

 沈黙を破るように、美天は身を翻して玄関に向かった。

「あ、ちょっと待って!」

 我に返って呼び止めると、玄関近くに置いてある鍵を渡す。

「一応持ってて。僕、寝ちゃってるかもしれないから。あと、何かあったら絶対電話して」

 そう伝えると、美天はいつもみたいに苦笑いして、

「すぐ戻ってくるから」

 と出ていった。


 僕は鍵を閉めてから、リビングに戻ってソファに座った。時計は十四時を少し過ぎていた。

 ――ふいに、部屋ががらんとした雰囲気になったことに気がつく。一人で過ごすことなんて慣れているはずなのに、どうしてだろう、と戸惑った。

(昨夜までの出来事がショックで、そんなに心細く感じていたのか……美天が来てくれて助かった)

 お腹も落ち着いて、気持ちも持ち直したせいか、急速に眠くなってきた。でも、何かあったら美天から連絡が来るかもしれない。

 そう思ってしばらく眠気と戦っていた。でも。

 時計の針の音が、静かな部屋に響く。その音が増々眠気を誘うようで。

 ――スマホが手元にあるのを視界の端で確認すると、僕はふわふわとした眠気の波に落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る