第1話
真夏のクラス内はクーラーが効いている。しかし何といっても窓際は、三十度近くになれば窓から熱気がしみだしてくるようだ。
それでも、僕は窓際の席が気に入っている。区立東中野中学の校庭は一面の人工芝で、夏の太陽に照らされてきらきらと光を放っていて眩しい。
一年三組の教室では、担任の
この時間が終われば、炎天下の中を帰宅しなきゃならないのは憂鬱だけど、取りあえず明日から夏休みだ。
「
いつものように、
「うん、今日も夜集合する?」
帰りの支度をしながら答える。
「もちろん」
将生はニヤリとした。
終業式前に置いてあった教科書などは持ち帰っているので、あまり荷物はない。水筒のお茶を一口飲んでから指定リュックに仕舞った。
「外マジで暑そう」
比呂がうんざりした声を上げる。
「この時間に帰るのキツイよな」
将生も同意した。僕もうなずく。この季節の昼に帰宅するのは間違いなく苦行だ。
将生はゲーム好きで、新しいゲームは絶対チェックしている。それが高じてアワクラフトを使ったプログラミング教室のオンライン受講もしていた。将来はゲームクリエイターになりたいんだとか。作ったMODを入れたアワクラを僕と比呂も遊ばせてもらっていて、週二回時間を決めてプレイしている。僕はそれほどゲーム好きというわけではないけれど、親公認のヴォイスコードを繋いで話ができるので息抜きにもなって楽しい。親としては下手にだらだらとゲームをされるより、時間が決まっているほうが望ましいから、好都合らしい。
生徒でごった返す靴箱を抜けて正面玄関を出ると、できるだけ日陰を選んで外を歩いた。正門は大きな通りに面していて車の往来が激しく、遮るものは少ない。照り付ける太陽が容赦なく体温を上げていく。すぐに汗が浮かんでくる。
通学は三人の中では僕が一番遠く、学区のギリギリに家がある。そのため二人とはいくらもたたないうちに道が分かれてしまう。僕らは暑い中をゆっくり歩いた。
「なあ翔斗、自由研究何にするか決めた?」
「まだ決めてない。やる気がおきない」
投げやりに答えた僕に、比呂は人の悪い笑い方をする。
「お前でもやりたくないとかあるの? ソツがない優等生の翔斗くんが?」
「優等生だろうができればやりたくないものはあるよ。夏休みはできるだけ本を読んでいたいし」
「でたよ! 本!」
将生が悲鳴を上げた。
「俺は毎年読書感想文をギリギリまで手を付けない派なんだ!」
「いるね、そういうタイプ。ちなみに俺は、姉ちゃんに相談してもう何やるか決めてる」
自慢気に比呂が笑う。比呂のお姉さんは高校生で、かなりの進学校に通っていて優秀らしい。勉強でわからないことがあれば聞けるので、比呂は塾に行かない代わりに好きな水泳教室や体操教室に通っている。スポーツ万能を自負している比呂は、ひょろりとした体に意外と筋肉が付いていて、中一に見えない。そして密かに結構モテる。
対して将生は小学校に通う二歳下の弟がいる。兄弟でゲーム好きで、よく対戦の話やケンカをしてる。
僕は一人っ子なので、きょうだいがいる二人の話は、うっすらとうらやましいような寂しいような気分になることがある。
「何読むんだよ」「言わないよ」と、将生と比呂が言い合いながら首根っこを掴みあう。
「で、二人は自由研究なにやるか決めたの?」
僕はじゃれ合う二人に言った。
「「俺はーー」」
二人は見事にハモる。一瞬顔を見合せて、小付き合いながら何かを譲り合ったあと、将生が言った。
「俺はプログラミング使って簡単なロボットとか作ろうと思ってる。なんか探してみたらできそうなやつ見つけた」
「へえ! すごいね。将生らしい。面白そうじゃん」
僕は素直に褒めた。それを聞いた将生は胸に手を当てて、気障っぽくお辞儀をする。僕はわざと顔をしかめた。
「そういうのなければな」
将生は得意げにニヤッと笑う。
「俺は何かスポーツに関連したものにしようかと思って。オリンピック開催の歴史か、スポーツ競技に使われる数字の分析にしようか迷い中」
こちらも、スポーツ好きの比呂らしい内容だ。
「……僕はまだ決まんない。何か地域の歴史っぽいことを調べたいと思っているんだけど」
二人とも、自分の好きなことや得意なことを生かして色々なことを決めているのが羨ましい。
僕といえば、本や図鑑を読んでいるのが好きで、身長も低くて小柄、メガネも掛けている。二人みたいに、人に言えるほど得意なものなんてないことに、ちょっと気後れしてしまう。中学生なんてこんなものかもしれないけれど。
「まあ、お前は真面目っていうか、気になったことを調べてまとめるの上手いだろ。理科の実験とか社会科で作ったミニ新聞とかさ。すごい褒められてたじゃん。そういう『気になること』探してみたら? 夏休みはこれからなんだし」
肩をすくめて大人っぽい口調で将生が言う。将生は下に弟がいるせいか兄貴肌だ。
「やりたいこと決まらないって、何か落ち着かないっていうか」
「わかった、わかった。八月になっても決まってなかったら、ちゃんと相談に乗るからさ」
将生がそう言うと、比呂もうなずいてポンポンと僕の肩をたたいた。
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