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「この朔って人は?」

顔を上げると、彼女は部誌を半分ほどめくったところで手を止めていた。目は文字を追ったままだ。文化祭に向けてうちの文芸サークルのメンバーが書いた短編小説がまとめられた一冊の本。彼女はそのうち「朔」が書いた小説が気になったのだろう。ペンネームだ。

「あー。私も初めの顔合わせ以来会ってないかも、謎なんだよね。いつも作品だけは締め切りまでに提出してくれて、ほらうちってチャットアプリでサークルの連絡とか取ってるから、あれで」

「どこの学部の人?」

ぱらぱらとページを行ったり来たりしながら彼女は言った。

「たしか、文学部……の哲学科」と言って、あぁ、と思った。「学年も同じだから、もしかして知ってるか。彼……」

ぱっと彼女が顔を上げる。

「待って。当てる」

彼女が口にした名前は、果たして正解だった。




明らかにそれがきっかけだった。彼女の様子がおかしい。明らかに、明るくなっている。

私は情報学部サイエンス工学科だから哲学科のほうで普段何が行われてるのかは知らない。だがきっと、彼女は奴と巡り会ったのだろう。

うちの大学は構内が広く入り組んでいるのでダンジョンと呼ばれている。文学部の授業エリアまで徒歩三十分かかる。せっかく同じ大学に入れたのに彼女とあまり会えないのは寂しかった。

それでもサークルは同じのに入ろうと文芸サークルに誘うも読むのは好きだけど書くのはあまりと断られ、文化祭で覗きにきて挙句これ。


「はっきり言おう。奴との結婚は認めない」

大学構内のカフェでカフェラテのカップを机に置きながら私は言う。彼女は口に両手を当てた。

「奴じゃなくて朔って呼んでよ!お父さん!」

「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

「あるでしょ!私はあるでしょ!ないのは朔くんでしょ!」

「そうだった。言いたくてつい」

ガハハと2人でひとしきり笑ってからサンドイッチに口をつける。

正直言って友達の恋愛を冷やかすのは楽しい。こんなエンタメが他にあるか。

「結局彼とはどうなったん?始まった?」

「や、」と言って彼女はコーヒーを啜る。

「なんか話しかけづらくてさ、話もできてないや。作品の感想くらい直接伝えたいけど」

認めないとは言いつつ、明らかに明るくなった彼女のことを思うと自分も何かしたくなる。親心とはそういうものだ。

「次のサークルの時声かけてみようか?まぁほとんど来ないけど、彼。もし来てたら」

彼女は眉を寄せて「えぇ〜〜〜」とか言っていた。


その日、サークルの部室に行くと、なんと彼は居た。

あの滅多に顔を出さない、例の朔が。自分の荷物を整理しているようだ。

私はすかさず声をかけた。

「朔くん来てたんだ!今回の小説面白かったよ!文章上手いよね。締切も絶対守るし」

「あぁ、どうも」

そう言ってさっさと鞄を手に持ち、私と目を合わせずに彼は去った。


は?

なんだよこいつ。

こんな奴が朔?


呆然とする私にサークル長が声を掛けてくれる。

「あー朔くん今作品提出来てくれたんだよ。ほら今回手書き縛りだったから。いつものデータ提出できなくて。いつもあんなんだから気にしなくていいよ」


いつも?あんなん?

あの不遜な態度を、いつも?


おい。朔。

認めないからな、絶対。

俺の娘との結婚は絶対認めない。


おととい来い!!!













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雑記 魚pH @64pH_

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