第5話 襲撃

「身内で争っておる暇などないはずじゃ、それで、魔獣に対してどうするつもりなのだ?」


「……悔しいですが、逃げるしか……」


「であれば、議論など不要。すぐにでもこの場を離れて移動せねばなるまい……」


「しかし、この地は北の果て、どこに……」


「海を越えるしかあるまい。南はすでに堕ちている。であれば海を越え、死の大地を超えた先、東のゲフェルディアを目指すほかはあるまいて……」


「無理だ! 今ある船は漁船程度、そんな長距離の移動は不可能だ!

 しかも皆が乗れる数もない!」


「ならばどうする」


「……戦い、獣人の誇りを示す」


「ウルス……」


「そうじゃな、じゃが、全員ではない。まだ子をなしておらぬ若き民は船で希望を掴め。勇気ある民は魔獣に我らの誇りを叩きつけてやるぞ!」


「……やってやる! やってやるさ!!」


「ウルス! ウルスはもどっているか!?」


 議会の方向が決まりかけた時、集会場にさらなる知らせが届く。


「ヴェアドが魔獣に襲われて怪我をした!」


「そんな、海に出たはずじゃ……?」


「聖域に、魔獣が出たそうだ……とにかく来てくれ!」


「ミルス、行きますよ」


「うん」


 二人は浜辺を目指して走っていく。


「ヴェアド!」


 そこには横たわり傷の手当てを受けているヴェアドがいる。


「ああ、ミルス、大丈夫だかすり傷だ」


 腕に大きな切り傷、熊族の分厚い被毛と固い皮膚を引き裂く恐ろしい敵であることがわかる。


「魔獣が出たの? 隣村も、魔獣にやられたわ」


 周囲の獣人達がざわめき立つ。


「聖域に瘴気が、ヴェアドが俺たちを逃がしてくれて……」


「海の魔獣が、なんとか逃げられたが、海の神の加護が薄れている……もう、漁にも出られないぞ」


「じゃあ、船で避難も……」


「無理だ……」


「ヴェアド動ける? その話をみんなにしないと……」


「父さん、母さん……」


「ミルス、希望を捨ててはだめ。どんな時でも諦めたらそれで終わりになってしまうわ」


「……うん!」


「よし、いこう」


 ヴェアドは力強く立ち上がる。自分が弱った姿を子には見せられない。

 ミルスはそんな夫の横をいつでも支えられるように同じく不安を感じさせないようにしっかりとした足取りで集会場に向かう。

 そんな二人の背中をミルスは誇らしくもあり、尊敬の気持ちで見つめながら着いていく。


 集会場にはすでに海の状況が伝えられ、覚悟を決めたもの、絶望に打ちひしがれるもの、悲しみに暮れるもの、色々な様相を見せていた。


「ヴェアド、知らせは……本当なんだな」


「ええ、族長。海は、邪神の領域になってしまいました」


「この地で海の恵みを失ったら、どっちにしろ終わりじゃないか!!」


「どうしてこんなことに……」


「もう戦うしかないんだ!! 俺たちは誇り高き熊族の末裔だぞ!」


「そうは言っても、気も使えない俺たちでは……」


「魔法の武器もない……祝福も受けられない……」


「ああ、獣神様……我らに救いを……」


 全体的には戦いに覚悟を決められた者の方が少ない。

 絶望感がその場に広がっている。

 ウルスもヴェアドもそんな情けない同胞の姿を息子に見せたくはなかったが、だからと言って解決策を出せるわけでもなく、悔しさに体を震わすしかなかった。


「誇りと共に滅びるか、一筋の光明を見出し戦い、先を見るか」


 族長の言葉に皆が静かになる。


「海で魔獣に襲われればそれは確実に助からん。

 しかし、陸であれば、わずかでも逃がせるかもしれん……

 南に、逆に打って出るしかないじゃろ。

 北には海しかない。

 我らの希望は南にある!」


「……そうだな、それしかないな……」


「たとえ肉壁にしかならなくても、子を逃がせられれば……!」


「女子供を生かし、次代へと繋ごう。それが、我ら誇り高き熊族の最後の生き方じゃ!!」


「ああ!! やってやる!!」


 マリスの胸はずっと高鳴っていた。

 それは興奮ではない、予感だ。

 彼の両親を失う、そんな考えが、頭をぐるぐると巡り、心臓が悲鳴をあげ、頭がずきずきと痛んだ。


「マリス。大丈夫、お父さんもお母さんも戦い抜いてまた一緒に暮らせる場所を探そう!」


「そうよ、まだまだあなたを放ってはおけないわ。

 さぁ、そうと決まったら準備よ!!」


「おおっ!!」


 ここに熊族全員が結束した。

 すぐに村は解体され荷づくりが行われていく。

 移動を繰り返し暮らしている獣人達は、手慣れている。

 すぐに必要なものを取り出し、戦いの準備も整えて集合していく。

 いつもは顔を合わせれば悪態の一つもついてくる子供たちも、マリスを見ても気にするそぶりも見せずに不安そうに親の身体を掴んでいる。


「大いなる試練が訪れた、魔獣たちの牙が我らの安住の地を犯しに来た。

 しかし、我らには獣神様の加護がある!

 大いなる熊族、その脈々たる祖先の魂が我らには宿っている!!

 進むぞ、我らの道を開くために!!」


 うおおおおおおおっ!!


 その雄たけびは勇敢なというよりは、狂乱、恐怖を打ち消すために絞り出したものもあるかもしれない。それでも、力強く空に響き渡る熊族たちの咆哮だ。


 女子供を中心に、外を男たち戦士が包み込むように楔形の陣形で雪原を走る。

 

「もう少し先に瘴気が……!」


「絶対に止まるな!! 走り抜ける事だけが我らの希望だ!!」


 真っ白な雪原に黒い巨大な集団がまるで一つの大きな生き物のように驀進する。

 前に立つ者に絶望を与えるほどの力を持つ集団だ。


 相手が魔獣でなければ……


 


 

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