第2話 希望
マグマに揺蕩う一本の剣、長い年月を経てマグマの中でその姿は以前の巨大な両手剣から姿を変え、小さなナイフになっていた。それが一番存在を維持するのに楽だったから剣がそう変化した。
剣の名は、銘と呼ぶべきか、本人も計り知らないうちにミリエスと変わっている。
すでに剣という単純な武器ではなく、どちらかと言えば精霊や聖獣に近いような存在に変わっていたのだが、本人は気にもしていなかった。
彼女の頭の中は最高の友にして最愛の人であるオルディアスのことで一杯だからだ。
そんな彼女にとってこの世界がどうなっていこうが関係なかった。
彼との思い出を抱きながら、このままずっとマグマの中にいてもよかった。
彼女の心境に変化をもたらす可能性がある事象は、オルディアスに関することだけ。
彼女は今日も夢の中でオルディアスと共に戦っている……
オルディアスが神殺しを果たし消失してから数万の年が変わった。
しかし、あれ以来神殺しのような大きな変化は起きていない。
そんな世界に久しぶりに大きな変化が起きた。
世界が、突然揺れたのだ。
その揺れが何を意味しているのか、世界を見守る善神、唯我独尊な邪神も正確には理解していなかったが、明らかに世界にとって大きな変化が起きたことは感じ取った。
しかし、善神はいままでと変わらず世界を見守るだけ。
邪神も変わらず気ままに過ごしている。
そんな中、彼女だけが、この世界に起きた大いなる変化の一つを敏感に捉えたのだった。
(あの人の気配がする!!)
広大な世界に落ちた針の音を聞き取るかの如く、あまりにも小さな気配を即座に感じ取ったのだ。
それからの行動は早かった。
ためにため込んだエネルギーを使ってマグマの海から飛翔し、周囲、世界全体にも及ぶ探査魔法を展開し、そのわずかな気配の元を探る。
あまりにも強力な探査魔法を使ったために、この日世界は小さくない混乱を起こしたのだが、彼女にとってそんなことは取るにも足らない事だ。
(見つけたっ!! やはり、ほんとうに、いた!!)
空間を切り裂き、小さなナイフが空を駆けた。
(邪魔っ!!)
この日、彼女の前を飛んでいたあらゆる存在は自分の不運を嘆く暇もなく彼女に貫かれるか音の速さを超えた余波で粉々になることになった。
(なぜこんなにも弱弱しい気配なの……)
彼女の心は歓喜から焦燥へと変わっている。ようやく見つけた愛しき気配が、あの雄大な気配が、今では風前の灯火、今にも消えいらんばかりになっている。
(どうして、なんで……いや、いい。とにかく、逢いたい!!)
彼女の刀身は輝き、すでにナイフの形も取っていない、飛行し愛しい人の元へと駆けつけるために最適な姿になっている。空気を切り裂き空を割って光の一筋となって飛んでいる。彼女の頭には一人の人への想いしか詰まっていない。
(オルディアス……オルディアス……オルディアス……)
この時間が狂おしい、この距離が疎ましい、そして、今即座に愛する者の元へと至らぬ自身が恨めしい。
一閃の光となって進む彼女はこの世界のあらゆるものよりも早く空を駆けていたが、それでも彼女にとっては遅すぎた。
刹那の時でも彼女は彼と共に居たい。
(もうすぐ、もう少し、あと少し……っ!!)
どのくらいの距離を飛んできたのかも全く覚えていない。いくつもの大陸を超え海を越え、ついに彼女は彼の気配を間近に捉え、その場に急行した。
(……どういうこと……)
極寒の大地、びゅうびゅうと吹雪が視界を塞ぐ、巨大な雪山はすべての存在を拒む。永久凍土、北の果て、無の地。過去人間たちはその場所をそう呼んでいた。
邪神も善神もいない、凍り付いた大地、植物も生物も何もいない。
そこに、傷があった。
空間に、傷ができていた。
(間違いない、気配はこの中から……)
ミリエスはその明らかに異常な傷に魔力で作った手を伸ばした。
バチィ!!
手は傷に触れると弾き飛ばされ吹雪に霧散した。
(何なの……邪魔、しないでよぉ!!)
周囲に炎の魔法によって壁が作られる。吹雪はその燃え盛る炎にあぶられる。
傷とミリエスは対峙する。永久凍土が今数万年ぶりに大地をさらしている。
ミリエスは魔力によって土くれの人形を作り、そして傷を広げにかかる。
この傷の奥に、彼女の愛する人がいる。
バチバチと傷は触れられることを拒むが、ミリエスはとんでもないエネルギーと魔力をその土人形に込めていて、拮抗している。
傷は少しづつ開いていくが、それに合わせて拒絶の力も強くなる。
ミリエスは自らの存在を保つことなど忘れ、傷の間から感じる気配に向かって体を伸ばす。
(ぐううううっっ!!)
魂を焼け焦がすような痛みが伸ばした体から流れ込んでくる。
本来は痛覚を有しないはずの彼女の魂が痛みを感じていた。
(それが、どうしたぁ!!)
そんなことで彼女はひるまない、激しい拒絶の力が彼女の身体を削ってきたが、必死にその存在に向かって手を伸ばしていく……
奥に入れば彼の存在は確かに強くなる。
それが彼女に痛み以上の幸せを与えてくれていた。
(ああ、もう少し、あと少し……)
土人形の腕がはじけて傷が閉じ始める。すぐに体をねじ込んで傷を維持していくが、少しづつ傷は狭くなっている。
(ああああっ!! もう少しなのよ!! 頑張りなさい!!)
土人形に、そして自分に活を入れ、彼女は必死に手を伸ばした。
(うおおおおおおおっ!!! オルディアスぅぅぅ!!)
彼女は存在を掴んで傷から一気に引っ張り出した。
彼女の身体が傷から出た瞬間に、傷は土人形の一部を飲み込んで完全に閉じてしまった。
(ああ!! オルディアス……?)
ミリエスの変化した触手のような体に掴まれていたのは……赤子だった。
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