第9話 元厚生大臣のドクター
はい、次の方。
最近来られたお方ですか? たぶん初めてと思いますが、今日はどこの調子が悪くて?
……取材?患者さんでは……ない。
はい、紹介状ですか。どれどれ……。近頃めっきり目がかすみましてね……はいはいはい……。
怪盗紳士について話してくれとありますが?
……ええ、そうです。あの頃大臣をやっていて、お宝を取られた、のは私です。厳密には私の手元からではないんですが。
とにかく。今のこの時間はこの町の方のための診察時間です。それをこのように潰されても困ります。
後日時と場所を改めさせていただくというのではどうでしょう?
新聞記者と……小説家の方ですか。では、後日改めまして。
※
先日はどうも。
今日はこちらの方にご足労いただきまして。
いえいえいえ……こちらの方こそ、お願いを聞いてくださりありがとうございます。
この家は大臣を辞めた後に買い求めたものでして、首都の大学に職を得た時に貯めたものですとか、息子が病院を経営してた時の蓄えを使ったりとか、まあ、色々です。
あの街には月に2、3回診察に行かせていただいています。本当はもっと若い方に来て頂きたいんですが、募金が主な収入で成り立ってる極小診療所ではあまり給料も出せませんでね。やむを得ず、人がいない時は私が行かせていただいています。「言い出された以上、責任はとっていただかなくては」と知り合いの若い政治家の方々から言われてはグーの音も出ませんでね。
「もういい加減歳なのだから」と息子などは言うのですが、「それならお前がやれ」と言いますとね、なんのかんのと言って。まぁ……暇なのか私ぐらいなものだから。
はい、それで怪盗紳士について聞きたいとの話でしたが。
……そうですね。革命前から知っていましたね。
私は前から貧民街での医療に心を砕いていましてね、私の師の影響ではあるんですが。まだ医師になりたての頃、つられて何度もあの街には足を運びました。
ですがね、昔も今もですが、そういう活動には資金が伴う。とても個人の持ち出しだけではどうにもならなかった。
革命前のあの時代、お金持ちは貴族の方々で、そういう人々は夜会に集まるのが常でしてね。
……私があの人と会ったのは、そういう資金集めに顔を出していた夜会でのことです。
※
実は私、お酒が苦手でしてね。とはいえ夜会ですから飲めませんとは言えない場合も多々ありまして。こっそりベランダで酔いを覚ますことも多かったのですが。
……時々ね、庭からおいでになるお客がいらっしゃる。
ちゃんとした格好だし、同じように酔い覚ましに庭を歩いていらっしゃったんだろうと思っていましたが、何度もあると顔なじみになるもので。
……後でBOSSに紹介されるまでそういう招待客の方だと思っていましたから。
BOSSというのは、革命を指導した、あの大統領のことですよ。仲間内ではお互いにあだ名で呼んでいたんです。
後に大統領になった彼が「BOSS」。私はドクターですから「ドク」と呼ばれていましたね。あと他に、「宣伝屋」「大佐」「御者」「レイディ」「商会長」、「一市民の協力者」って人もいましたね。「怪盗紳士」は……「怪盗紳士」だったなぁ。
革命頃の彼の活躍ですか?
あんまり自分はそちらの方には関わっていなかったのでよく知らないのですが……。
他の人たちから聞いた話では、「有力貴族たちの会話を盗み聞きしてきた」とか、「重要人物が他のものへと送った連絡の手紙を入手した」とか、「危機に陥った仲間を救出した」とか、「自分の勢力を増すために外国の介入を得ようとした大貴族の動かぬ証拠を手に入れた」とか。
ああ、あれはあなたのところに情報が漏れたんでしたっけ。もみ消すのが大変だったと「宣伝屋」が嘆いていましたよ。
後にほとんどが大臣になりました。あの頃、身内の他に信頼できる人材があまりなかったので。
……苦労しましたね。あまり、大臣なんて仰々しいことが得意ではなかったので。
「怪盗紳士」は……革命前に色々ありましたからね。表舞台に立つはまずかろうと「一市民に戻る」と引退したんです、その時点で。
その後も時々訪ねに来てくれましたよ。彼はその後ぶどう農園をやっていましてね。自家製のワインとか手土産に。……私は飲めないってちゃんと話していたんだけどなぁ、なんか毎回ワインだった気がするなぁ。
その後は……疎遠になりましてね。彼が辛い時に力になれなかったのもあって。その後はBOSSの方と会っていたようですね、時々噂には聞いていました。
だから、彼が「商会長」のところから割符を盗んだ、と聞いた時には驚きました。てっきり引退したと思っていましたからね。
BOSSとの間に何があったのかと思って問いただしたこともありました。……いや、答えてはくれませんでしたよ。
ただ、「彼との交渉には乗るな」と強くは言われましたが。
その後、運輸大臣宅の盗難があり、産業大臣、運輸大臣とも罷免となって、仲間内では「割符を盗まれると制裁として免職されるのではないか」という噂まで流れました。
まあ、そういうわけでもなかったんですがね。
運輸大臣は彼の父の介護と自身の病気療養のためでしたし、産業大臣に至っては……それまでに隠してきた様々な汚職が明るみに出ましたからね。まるで彼の割符がそれらが漏れないようにフタでもしていたかのようですよね。
……彼が私の家に来たのはそんなことがあったあとのことでした。
※
革命の頃からは確かに歳はとっていましたよ。だけど、あの品のある佇まいは変わらなかったな。一応犯罪者なんですがね。
家の者誰も彼が訪ねて来た事に疑問を持たなかった。持たせない物腰と言うか、そういう人心掌握術は彼の技能なのかもしれませんね。
彼の用件というのはまあ、「割符を渡してほしい」というものでしたよ。
彼が言うには「かの品を受け継ぐ者がいたため返却したい」とのことで。
「割符」……についてはどこまでご存知でしたか?
ああ、反怪盗紳士キャンペーンで色々言っていましたからね。
革命時の同志たちが。はい、当初の志を忘れないようにするために。
あの割符はもともと……革命時に私たちの同志であった「一市民の協力者」が……遺したものでしてね。彼は「血の労働感謝祭」の時に亡くなったんです。
革命政権を成立させてその維持に皆が苦労していた時に、BOSSが彼の遺したものを割り砕いて、ひとかけらずつ「割符」として分配したんですよ。ええ、彼の思いを忘れないようにするために。
ですがそれは、BOSSの独断、と言ってしまえば乱暴ですが、周りの関係者には何も言わずになされたことで、私たちの内々の話だったんですよ。
形ですか?……あーはい、彼から聞きましたか。元々運輸大臣だった彼も一応、あれを手にした人でしたからね。
はい、丸い陶器のような。ええ、破片の。それが黒い塗料で塗られていて、金で文字のようなものが。
呪具?いや……どうなんでしょうね。私はそういうのに疎いのでよくわからないんですが。
最終的には「BOSS主導のもとで集めて、「一市民の協力者」をはじめとする革命時に命を落とした人々の慰霊祭を行い、その後返却する」ということで話をまとめました。
正直「内々に彼に渡してその後何に使われるか分からない」という声も仲間内には強かったんです。その時には辞職していた「商会長」が特に主張していました。
最初からそれでまとまったわけじゃありません。怪盗紳士と呼ばれている彼もまた、BOSSに渡すことで全てがうやむやになることを恐れていましたし。
ですが、私としては逆に、革命からかなり経ったその時期に公にすることが一番同志たちの傷を隠せるのではないかと考えたところもありまして。
もちろん、かつての志から今やってる事がかなりずれてしまっていることや、遺族に何も話されずあれをそういうものに利用したことについて……痛いところをついているとも思いましたので。
「自分たちの行動をいつまで彼のせいにするつもりなのか」と言われましたよ。……きつかったなぁ。
周りの状況の変化が著しかったとはいえ、革命当初には想定していなかったことに着手せざるを得なくなったものも多々あり、それらをすべて「一市民の協力者」と呼ばれた彼の願いだった、と言われるのは確かにふに落ちないものもあったことでしょう。
最後まで彼は全て納得してはくれませんでしたよ。私がBOSSたちを説得すると言っても、「無理だ」と思っていたようでしたから。
なので彼の手元にある割符は、「ことがなりそうだと本人が確信した時にこちらに返却する」ということになりました。私は……BOSSならわかってくれる、と確約しました。
……結果としては、やはり彼の言う通りになりました。
BOSSをはじめとする他の者達は,私以上に割符を心の頼りにしていたようです。
……「無能」、とか言われましたね。
「洗脳された」……とか。
彼との交渉に、なれない神経を使って、皆のためにと、やっと勝ち取った成果も全く評価されず……。
今でも……時々夢に見るんです……。
大統領であった頃のBOSSは、経験を重ねれば重ねるほど他の者に「否」と言わせない迫力が付きましてね。それが周りに諫言するものがいなくなった理由でもあるのですが。
……あの人の前に立ってその行いをどうこう言える人間があの時いたとは……思えないな……。
※
結果として、私は北の地方の医療関係者として左遷。子供の生活のこともありましたから一人で単身赴くことになりました。
怪盗紳士と呼ばれた彼に渡すわけにはいかないと「割符も没収」ということになりましたが、私はそれを大切に保管するため、別荘のしかるべきところに置いていたので手元にはありませんでした。
周りにはそれがあまりにも奇異に映ったようです。それが彼らと私の違いだったということでしょうか。
それらはBOSSが部下の手を回して回収するということになり、私は手荷物一つを持って北に赴くことになりました。
列車のホームには見送るものもなく、北風に吹かれながら待つ身には辛いものがありました。
……いえ、彼との約束を後悔したわけではなく。どちらかといえば、彼との約束を果たせなかったことがつらかった。
ポーターに荷物を持ってもらってボックス席に着いた時、思わず口から漏れてしまったんですよ。
「……ああ、約束を守れなかったことを、彼にどう伝えればいいんだろう」
そしたらですね、ポーターの人が言ったんですよ。
「どちら様とのお約束かは存じませんが、案外ご本人はとっくに分かっていて、すでに行動に出ているかもしれませんね」
その声が、そう彼の声にそっくりで。
私はぎょっとして顔を上げた時にはポーターの姿はなく。
窓の外、駅のホームにて手を振る人影が……。
……私があなたのところの新聞で、私の別荘から運び出された割符が盗まれたことを知ったのは、北の赴任地のことでしたよ。
※
自分にとって怪盗紳士とはどういう人物か、ですか?
……それはあなたにとって本当に必要な事なんでしょうか?
聞けばそちらの方は、幼い頃の思い出を中心に彼のことを書こうとしているとか。それならばそこに書かれる彼の姿はあなたの過去の中にしかないのではありませんか?
……尋ねるべきは私やBOSSたちなどではなく、あなたの父上や母上、そういう親族の方々に聞くのが一番の早道だと思いますよ。
……そういえば今ふと思い出したエピソードがありました。
まだ革命前のことです。
活動の関係で深夜まで馬車で移動することも多く、その頃仲間だった「御者」はまだ幼かった息子さんと遊んでやることさえできない日が続いたことがありました。
たまたまそんな深夜に出かけた時、帰り際に彼が御者の息子にと、小さな木製のおもちゃを手渡したんですよ。ええ、貧民街とかでよく作られる、木彫りとかの小さなやつです。
「十分にチップを渡しているんだから必要ないんじゃないかな」と尋ねたところ、「この深夜におもちゃを探しても開いてないんじゃ買えないだろう」と真面目な顔で言い返されましてね。
……今、ふと思い出したんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます