第4話 革命詩人の先生

 夜の訪問者というものにろくなものはない。


 「一度来訪してお詫びをお願いを申し上げたい」という者たちが指定してきた時間は日も暮れようとするころだった。

 二人して連れだって来たうちの片方が警官の制服のままだったことから、今日の勤務を終えてからきたのは察したが、それが言い訳になるとも思えない。


 夜の訪問者、というものは得てしてろくなものはないのだ。


「忘れた」


 私がそういうと、来訪者は半ば想定していたかのようにため息をついた。


「はぁ……そうですよねぇ……」


 彼らの訪問の口実は、二十年ほど前のある出来事に巻き込んだことへのお詫びらしい。


 二十年ほど前。


 私をそのころ巷で噂となった怪人物と間違え、通り合わせた警官から守るため、その怪人物の手下と自称する子供たちが「大活躍」するという事態があった。


 ……「夜の訪問者にろくなものはいない」と実感したのはそのころであり、そのころのことはもはや思い出す気にもならない。ゆえに「忘れた」。


 目の前の若人二人のうち、そういわれて困ったかのように頭をかいているのは自称文学の徒だという。

 子供向けの童話らしきものを書いているらしいがこちらの知ったことではない。


 

 彼らの目に自分はどのように映っているだろうか。

 時代遅れ?大先生?かつての有名人?


 私がだれかは私が知っている。一介の革命詩人だ。

 かつての理想を忘れられず、歌い続ける、ただの一詩人だ。


「それであの時のことを中心に話を書きたいと思っていまして、謝罪がてらご許可をいただければと思ったのですが……」

「君が書くというのか、”怪盗紳士”のことを」


 思い出したくもないあの事件の連中のことを思い出し、その渦中に似た面影の者がいたことに気が付いた。


 そうか。この者が。


「ええ、まぁ、そのころの自分たちのあれやこれやを書いていく上で書かざるを得ないでしょうが……。先生がご不快であるというならその場面につきましては身元が分からないように加工させていただきますので……」

「そういうことを言っているのではない」


 どうやら彼は自分たちの子供のころのことを書こうとしていて、あの事件の関係者である自分に許可を求めにきたらしい。


 この者が、「彼」を、書く。

 あのころの、子供としての視点そのままで。


 ……いや、いかん。今の彼らはあのころのような子供ではない。「彼」について書くならば知っていてもらわなくてはならないことがある。


「きみらはなぜ”怪盗紳士”という存在があらわれたのか、その意義を理解しているのか? 」


 私がそう尋ねると、まるで尋問を受けているかのように二人の表情が固まったが、そのようなことを気にしてやる必要はない。


「なぜ革命がおこったのか、その中で”怪盗紳士”はどのような役割を果たしたのか、長き年月の後なぜ彼はその活動をやらざるを得なくなったのか、それすらもわからないままあのころのガキどもの感覚だけで書かれるのは非常に不愉快だ。」


 詩文以外で物を語るのは得手ではない。だが必要な事態というものはある。


「私を知るところを講義してやるから粛々として聞くがいい」



 二人にかつての歴史を語りながら、詩人はこれまで自分が生きてきた道を振り返ってみた。

 高みから見下ろすかのように語るにはあまりにも見苦しい人生がそこにはあった。


 そもそもこの街でも下町の場末で育った私は、その環境には似合わぬ優れた知能により成績は優秀であったが、時の政権にはそれを生かす道がなかった。


 何事にも前例主義、ことを起こしてはならない、それでいて特例を認めて欲しければ賄賂を要求される。


 私がなんとか大学に行けたのは世話になっていた小さな教会の出資があったからだ。


 ……だがその内心では自分を理解しなかった故郷への侮蔑にも似た思いがあったが。


 大学の学生の中には時の政府について批判的な意見を述べる者もいたが、世の風潮の中で意見を採用されることもなく腐ってゆくだけだった。


 その中でも陰ながらもまじめに次の世について考える人たちがいるという噂はあった。心ある秘密組織の面々の正体はわからなかったが、あの、上流社会の腐った連中を餌食にしているという「怪盗紳士」さえひそかに力を貸しているという噂だった。


 彼らの噂が私にビジョンを与えた。


 『人として、良き政府とは何か』。『われらが目指すべき新しい世界とはどういうものなのか』。


 そのビジョンは勉学に打ち込むことでしか自らの鬱屈を晴らせなかった自分に、それを詩として書かせるまでに至った。


 そして「血の労働感謝祭」がやってきた。


 学生たちも多く参加した政府への平和的な粛々としたデモは、突如出現した治安部隊によって、蹴られ、殴られ、投獄され、その中で命を失った者まで現れた。


「ここで声を上げねば我らは死ぬ!」


 危機感を持った人々は新しき指導者を求め、一部の人たちには有名だった活動家たちをトップにすえて時の政府に対する革命を引き起こした。


 私は詩を語った。拳をふるい、暴徒化しかねない彼らに目指すビジョンをうたった。

 それは人々の心を熱くし、行動に駆り立てた。

 人々の行動の基盤とすらなった。


 ……そして政権は倒れ、若き指導者たちが新政府を樹立した。

 時の凱歌を見た思いがした。


 が、素人の政権運営は次から次へと問題が起こった。その度ごとに「詐欺師の片棒を担いだ」と私は責められ、だが着実に新政府はそれを乗り越えていった。


 ……だが私の目は見抜いていた。


 国難を乗り越える度に革命当初にはあったものが少しずつ失われ、政権として腐ってゆくさまを。


 そして今、何十年もの長期政権となった政府はかつての前政府と同じ道をたどっていた。しかも失敗は許されない硬直した風潮まで作りだして。


 それでも市民にとって彼らは革命の英雄だ。彼らの言うことを批判することは許されない。批判するものはかつての革命への批判者とも受け取られかねない。


 理解はできなくでも彼らのすることは正しいのだ。

 疑問や不満を胸の内にためたまま、その姿から目をそらして日々を生きる。


 あきらめにも似た怠惰さの中、既に世間から見向きもされなくなった私に何ができたというのだろう。


 いくら叫んでも虚空にむなしく響く思いを、私は壁に殴り書いた。


“真実に目を向けよ!!”……と。


 ……言えん。


 あのころから世の中も変わった。政府も改革され、市民の意見も通るようになってきた。


 新しい歴史を作っていこうとするこの若人たちに、あの時のような物思いなど絶対に、言えん。



 若者たちは帰っていった、詩人が押し付けた紹介状を持って。


「事実を知らぬまま書かせるわけにはいかない」と知り合いの出版社に事情通を紹介してもらうよう一筆書いておいた。


 「彼」が気にかけていたおチビがいっぱしの青年になったのだ。

 彼には知る義務があり、「彼」には知られる義務がある。


 それが、いつも下戸だと言っているのに毎度ワインの瓶とともに現れる腐れ縁の男への当てつけでないとは、詩人には到底言えるものではなかった。


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