第5話 平穏
聖殿は白い大理石の上に、青いじゅうたんが敷かれ、周囲を魔石の独特な光によって彩られていて、とても厳かな雰囲気を醸成している。
天井には神と神の使いが描かれていて、その下にいる私たちを見つめている。
「エーデリンネ様」
「はい」
私の名を呼びながらリュート王子が私の手を優しく取った。
えっ?どういう状況?
ちょっと待って。これ……。
「ずっと前からあなたに言いたかった」
「はっ、はい?」
いや、場所と時間を……って場所は最高よ?
でも、こういうのって心の準備が……それもあったわね。そもそももうガイル王子もいなくて、名代でもないのに相手役に選んでもらった。
わかりやすいくらいにわかりやすい状況だ。
私の心境が戸惑いに満ちたものだったとしても、むしろなんで気付かなかったの私?
ドレスを贈られて、未婚で婚約者のいないリュート王子の相手役に選ばれてそれを受け、一緒に申し分のない社交を展開したばっかり……。
えぇ?
「どうか僕と……いや、私と結婚してほしい」
「……」
ごめんなさい、王子。本当に心の準備が……。
「……」
「……」
止まる時間。気まずい空間。
「えっと……」
「あの……」
被る言葉……。
「すみません、王子様から……」
この言葉は私の方が先に繰り出したわ。
「あっ、うん。さすがに唐突でしたよね?すみません。あなたが領地に戻られると聞いて、いてもたってもいられなくて。でも……」
「はい……」
用がなくなった私は明日、国王陛下と王妃様にご挨拶をして、それで領地に戻ることに決めたのよ。
いつまでもここにいても仕方がないしね。
「いつか仰っていましたね。平穏が欲しいと」
「はい?」
そう言えばそんなことを言ったような。
そうだ。夜会の後。少し酔いもあって、ガイル王子とのことをリュート王子に愚痴ったのだ。
恥ずかしい……。
「無事、"平穏"を作れたと思うのですが、いかがでしょうか?」
「あの"平穏"っていうのは。ガイル王子との間のことだったのよ?まぁ、一緒にいられない理由の多くは戦争のせいだったし、それが終わって確かに平和になったけど」
「そうでしょうとも」
私は意味合いの違いを説明したつもりだが、リュート王子はあまり理解していなそうね。
「慣れぬことではありますが、騎士や魔導士を率いて出陣し、敵を壊滅させ、賠償金を取ってきたのです。これで敵国は当面攻めては来れません」
今回の件が自信になったのだろう。
男の子の顔からしっかりとした男性のそれになったリュート王子がとんでもないことを言っている。
「えっ、えぇ……そうね」
確かに、きっちりと賠償金を貰って来て分配した。
誰もが驚いた変貌ぶりだったけど、そんなことを考えていたなんて。
「それにこれから情報部を使って工作し、未来永劫攻めようなどと思えぬ状況に追い込みます」
「えっ、えぇ……」
「だから、結婚してください。」
「はっ?」
そして強引に来た。
私が頷かないからかな?
「私とエーデリンネ様となら、ともに責務を果たし、一緒に家庭を作っていくことができると思います。そうできるように努力します。だから……」
改めて考えると、リュート王子はとてもまじめで、とても真摯だ。
ガイル王子と、よりも会話した記憶が多い。
「こんな強引な形にしてしまって申し訳ない。でも、僕は、はじめてここで会ったときからずっと、あなたをお慕いしていました」
「覚えてくださっていたのですね」
「もちろんです!僕はエーデリンネ様とお会いして会話したことは全て覚えています!」
今なんかこわい台詞が聞こえたような気がするわね?
でも、これは嬉しかった。
私を認めてくれていることが。
私を見てくれていることが。
いつだって、顔を合わせた時、リュート王子は優しく接してくれていた。
「それで、どうでしょうか?前向きに考えてもらえたら嬉しいのですが」
「わかりました。お気持ちをお話しいただきましてありがとうございます」
そう言うと、一瞬寂しそうな顔をされたものの、すぐに笑顔になった。
改めて考えると、私はリュート王子の笑顔に癒されていたわね。いつも。
そして寂しそうにしたのは、きっと今日、私から答えを貰えないと思ったのね。
こういう押しの弱さもまた、私を気遣ってくれているからだろう。
「リュート王子。謹んでお受けいたします。どうぞよろしくお願いいたします」
「えっ?」
きょとんとした顔が可愛い。
「ありがとう。よろしくお願いします」
しかし、私の言葉を咀嚼されたあと、ゆっくりとそう仰いました。
***
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