第二十四話 ナチュの生態
ナチュの三タイプの形態変化について
●Cosmos(秩序)
体色は白と瑠璃色。性格はとても穏やかで、人間にやたらと甘える節がある。
『自然界の植物や生き物に関していい影響を与える願い(基準は不明。治癒や再生?)をナチュにした場合、この姿になると思われる』
●Neutral(中立)
体色は碧色。性格は好奇心旺盛で人懐っこい。卵から産まれた時点でのナチュ姿。
『自然界に影響を与えない願いをナチュにした場合、この姿を保つ』
●chaos(混沌)
体色は黒と朱色。性格は凶暴。人間を敵と認識し、接近すると攻撃してくる。非常に危険。
『自然界の植物や生き物に関して悪い影響を与える願い(基準は不明。殺傷や暴力?)をナチュにした場合、この姿になると思われる』
■ナチュへ願いごとをする際の注意点
・願いごとをする対象者はナチュに触れた状態でなければならない。
・願いの内容を頭の中で強くイメージしなければ願いは叶わない。
願い始めてから最終地点に到達するまでの過程が重要だと推測する。
「どんな場所で」「どんな匂いで」「どんな感触で」「どんな音で」――というように立体的に願う必要があると思われる。
・ナチュは触ってきた対象者の頭のイメージを具現化する。そのため、イメージを詳細まで練れていなかったり、途中で雑念が入れば願いが正確に叶わない場合がある。(規模の大きな願いや、複雑な願いを叶えるには、基盤部分が固まっていないとならない。それに伴う専門的知識や、精神力、高い想像力が必要になってくるため、困難を伴う)
・ナチュは対象者の願いを叶えることで、それに見合った経験値を得ることができる。
また、経験値に応じて自らの体を成長させる。(自然界に関わる願いだった場合、三タイプの形態変化についても同時に行われる)
・ナチュはキャパシティに見合った願いでなければ叶えることはできない。
成長することで、より大きな願いを叶えることが可能になる。(基準については不明)
・願いは最大で七回しか叶えることができない。
・ナチュがなんらかの原因で絶命した場合、惑星そのものが壊滅する。
・願いごとをすることができる対象者は、『青岬海斗』『赤城椎名』『緑谷涼介』『黄桜美羽』『藍染空』の五人に限られる。
■以下の願いごとは叶えられない
・叶う願いの回数を七回以上に増やすこと。
・自然界の植物や生き物の意識や意思に手を加えたりなどの心理操作。
・ナチュ自身に危害を加える願いごとはできない。
・ナチュが眠っていたり、気絶しているときは願いは叶わない。
そんなことがホワイトボードにずらっと書かれた。
「この言葉はあまり使いたくないが「仮説」の部分が殆どだ。一つひとつ検証してきたわけじゃない。……姿を明かしてくれた唯香くんと話し合ってきた成果だと思ってほしい。私が二十四年前に見た虹の流れ星の正体は『宇宙樹』から放出された『終焉種』つまりナチュの卵だった。きっと「種」として地表に植え付けられて、植物が卵に根づき二十年間守られたんだろう、そして時間をかけて地表に芽を出したところで、君たちに拾われたのだ」
卵を拾った場所は、外敵から守るように硬い根で覆われた鳥かごのようになっていた。二十年間あそこで地球の栄養を吸収しながら、ナチュは卵の中で育ってきたということだ。
「突然言われて信じられないかもしれないけど……すべて本当のことです」
俺にはさっぱりわからなかった。なぜ俺たち五人がナチュに願いを叶えてもらえる権利を持っているのか。それは必然なのか、偶然なのか。
「ナチュがchaos状態になっている今、私たちの地球は確実に終焉へ向かっています。三年間もナチュがchaosの状態でいること自体、地球にかなりの悪影響を与えてるんです。私たち『ユグドラシルの種』は惑星のネットワークとリンクして、地球やナチュ、他の同種たちとコミュニケーションが取れるんです。今地球はとても焦ってます。ナチュを恐れているんです」
地球の声が聞こえるのだろうか。人間の所業をどう思っているのか俺は気になった。
「地球を救うためにあなたたちが起こせる行動は……三回分残っている願いごとをうまく使ってナチュをNeutralかCosmosの状態にすること。……Neutralでも地球は滅亡しないでしょうが、問題が先延ばしになるだけで、どうなるのか私にもわかりません。ですが、無事Cosmosへとナチュの形状変化を終えれば、地球は滅亡の危機を回避することができて、なおかつ『宇宙樹』の恩恵によって自然の恵みを得ることができます」
現在、四回分の願いを既に消費してしまっている。一回目が『夏休みの宿題をやってもらう』二回目が『火事の消火』三回目が『対象の抹殺』四回目が『母親を生き返らせる』だった。
ナチュのキャパシティにあった願いでないと叶えられないのなら、一回目はあれで精一杯だったのかもしれない。俺は少し思考に余裕が生まれていることに気がついた。
世界の命運にナチュの陣五人で立ち向かう、という展開に少なからず心が躍っていたのだ。
今まで叶った願いごとと、唯香さんの書いたルールについて考えてみるが、ある程度合点がいく。例えば二回目の願いは山火事を消し、逆に緑を生み出した。それが地球にいい影響を与えたとみなされ、ナチュは白と瑠璃色の躰になった。そして三回目の願いでナチュは黒と朱色になった。一個体である生命体を死に至らしめる願いをしたから。四回目は失った命を蘇らせる願いだったが、うまくいかなかった。死者を蘇らせるのは、タブーなのかもしれない。
「願いを使って地球を救うだ? 笑わせんな、なんで俺たち五人なんだ、どっから考えたっておかしいだろうが。俺たちは単なる学生で特別な使命を負った正義の使者じゃねえ、ドッキリカメラでもあるなら今のうちだぜ」
涼介の表情から不満が溢れ出ていた。
「涼介くん……なぜあなたたち五人がこんな目に合っているのか、私の口からは絶対言えません。それは、この地球を滅亡させてしまう一言になってしまうかもしれないから。でも、あなたたちはその理由に気がつく。いつか絶対に。だからそのときまで待っていてほしいんです」
唯香さんはもう一度念を押した。そこまで隠すのに一体なんの理由があるのだろうか。
「馬鹿じゃねーの、またこの謎の集団で死人出そうって? 地球滅亡だか、宇宙の理だか、カオスだコスモスだ知らねーけど、電波話にはもう付き合いきれねえ。俺は死にたくない」
涼介俺たちを睨み付けると、椎名に「帰るぞ」と言って踵を返した。
「涼介くん……で、でも……」
椎名が居心地悪そうに顔を俯ける。
「凉介くん……待って!」
唯香さんが立ち去ろうとした涼介を焦った表情で止めようとしたとき、恭一郎先生が割って入った。鋭い眼差しで、涼介を睨み付ける。
「君の親御さんが亡くなってしまったことは……とても不幸な事故だった」
「てめぇ! あれは事故じゃない、あいつが全部やったことだ。あいつさえいなければ……」
涼介は鬼気迫る表情で冬眠中のナチュを睨み付けると、恭一郎先生の胸元を掴み上げる。両者の身長もいつの間にか差はなくなっていた。
「ナチュのせいではない。我々人類の責任だ。幾数年と地球を脅かしてきた我々人類の」
「…………クソがっ、言ってろ」
涼介は乱暴に恭一郎先生を振り払って、出口へ向かう。
「涼介くん、嫌なことを思い出させてしまったね、悪かった。だが君が……あのときナチュに母親を助けてくれと願ったとき、君の想像にナチュのキャパシティが追いついていなかったんだ……君のせいではないよ。無論私たち誰かのせいでも。唯香くんはとある事情で君たちにナチュのことを話せずにいたが……もう少しだけ私のナチュに対する研究が進んでいれば、お母さんも亡くなることはなかったかもしれない。本当にすまなかった。凉介くん」
恭一郎先生はぐっと拳を握りしめ、唇を噛みしめた。
「……あんたの研究が進んでようが関係ねえ。死んだ人間は絶対に生き返らない」
最後にそう言い捨てると、涼介は地下から出て行った。
「凉介くん……」
椎名が後を追うように立ち上がる。俺に一瞬目配せをして。
涼介との仲直りも、ナチュの陣の再結成も、地球の存亡も、全部、なにもかもうまくいかない。憂鬱な空気がこの空間に蔓延っていた。
さっきまでの高揚感は一体なんだったのか。地球を救う? ナチュの陣で立ち向かう? 地球の危機に? 馬鹿か? 涼介は母親を亡くしている。ナチュに関わってしまったばかりに。
そこで突然、地球がヤバいと宇宙物語を広げられたところで頭に入るわけがない。
上昇と下降を繰り返す、不安定なこの感情の着地先を俺は求めていたが、決して見つからなかった。ゆらゆらとエンジンが切れかかった飛行機で低空飛行を続けるパイロットのようだ。
――一体どうすればいいんだ? ナチュの陣も、地球の危機も。全然わからない。
「今日は……これまでにしておこうか」
少しやつれた恭一郎先生が一層老けて見えた。きっとバラバラになった俺たちのことを三年間ずっと考えてくれていたんだろう。
俺は鉄格子で眠っているナチュを見ると、胸の奥に大穴を開けられたような痛みを伴った。
ナチュを憎めばいいのか、哀れに思えばいいのか。俺にはわからなかった。
ただ、もう昔のようにナチュやみんなと一緒にいれる未来が、俺には見えなかった。
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