第11話

 それが墓石だと判断できたのは、すべての墓の前に花が活けられているからだ。色とりどりの供養の花が自然の中で輝いて咲いているように見えていた。

「あずさの曾祖父母のお墓は右上だよ。そこが上原の家のお墓だよ」

 一列に並んだ墓石の列の右奥に苔むした墓石があった。

 ずっと見たことのない曾祖父母の墓。

 八幡に参りに行きたいなどとは母の取り乱した様を知っている身として口にすることなどできなかった。なにより母もここに私を連れてくることは躊躇っていたのだろうしできなかったのだろうと推測できる。

 家族の中で八幡の話題をすることは少なく、避けている節があったのだがら。

 ドアを開けて車を降りると山の独特の香りが漂っていた。

 足元は茶色い杉の葉で覆いつくされていて、ふんわりとした柔らかい感触と、空気は足元の柔らかさと同じくらいに夏の熱気からは遠ざかっていて清々しい。

「道は慣れていないと危ないから手を貸して」

「うん、ありがとう、確かにちょっと危ないかもしれないね」

 履いたスニーカーでは心許ない気がしていたところに、いつの間にか車を降りた康太が近くまできて手を伸ばしてくれている。その手に自らの手を重ねて握って貰い、私が引っ張られるようにして2人で墓まで続く細い小道を歩いてゆく。

 足元の感触は変わらず、空気も変わらない、握られた手も温かい。

「石段、滑るから気を付けて」

 綺麗に縁取りをされた石ではない荒石とも野石とも例えてもいい。高さも大きさもまちまちな石達が無造作にけれど計算高く折り重なって石段を形成していた。

 質素な石垣の階段に足を乗せると、言われた通りスニーカーの底は少しだけ滑り、私は足元に注意しながらゆっくりとした足取りで、握っている康太の手の助けを借りながら40段くらいの階段を踏みしめてゆく。

 種類の分からない小鳥がどこかで鳴きながら飛び去って、それを追いかけるようなカラスの鳴き声と羽ばたきが頭上で舞う。

 とことなくの寂しさと恐ろしさ、1人であったなら味わう孤独は辛いものとなったと思う、死者の世界に近しいところで体験する孤独は想像して余りあるものがあるけれど、今はそうではない、手に感じる人の温もりがそれを確かのものにしていた。


「これ凄いだろ、親父が勝手に置いたんだけど、もう少し考えて買えばいいと思わない?」

康太が笑いながらそう言って指をさした。

 登り切った先下から見上げると今の足元は角度的に見えない位置。そこにホームセンターで一般的な庭に敷き詰めて使うような平板のコンクリートブロックが置かれている、それだけでも自然石の墓石と死者の安住の地には似つかわしくないのだが、一番の問題ともいえるのはその色だった。

 ピンク色だった。

 ショッキングピンクまではいかない、よく駅前などで見かける街中ならなんともない色だ、でも、この場では異質な色だった。

 ブロックの下は肌色の土で山の湿気をその身に秘めている、そのままで歩いたなら靴底に張り付いて酷い土汚れを伴うだろう。ブロックを置くことは正しいことだけれどこの色は確かに似つかわしくないような気がした。

「どうしてこの色だったの?」

「え?」

「どうして康太のお父さんはこの色を選んだのだろうと思って」

 いい年の大人と言っては失礼だが、少なくとも父と同じか少し上くらいの年齢の男性が、雰囲気というものを理解していないはずはない、特に客商売をしているなら猶更だ。いや、絶望的なまでの感覚の無さの方もないこともないので、もしかしたらそれかもしれないけれど。

「ああ、僕も気になって聞いたよ。そしたら、寂しく、無いようにだってさ」

 康太がそう区切るように言った。

「寂しく、ないように」

「そう、寂しく、ないように」

 私は繰り返し、彼は復唱した。

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