第2話「不安を抱えているとき、誰かが傍にいてくれることがありがたいときもあって」
「俺、そんな混乱させること言いました?」
「いつから、いないの? 昨日? 一週間前??」
「どうして昨日やら一週間前まで、彼女がいた設定になってんですか?」
「最初から! 最初から彼女なんてものはいませんって」
だって、つい二年前までは、
とは、死んでも笹田さんに話すことはないだろうけど……。
「嘘を吐かなくても、私、誰にも話さないから……」
「だから、いないものはいませんって」
「こんなに優しい
ここまで力説してくる、彼女のたくましい妄想力には感心さえしてしまう。
「男なんて……単純な生き物なんですよ」
「
そこまで褒めてくれるのだったら、さっさと俺のことを好きになってくれませんかと言いたくなる。
「ちょっとでも褒められたり、ちょっとでも良いこと言われたら、すぐに調子に乗っちゃうんだよって話です」
「だったら、私の言葉も信じて?」
「え?」
「和生くんは、もっと自信を持っていいと思うよ」
素敵な笑顔と、未来に希望を抱いてしまいそうなくらいの力強い言葉。
それを俺に向けてくれた笹田さん。
また、男の勝手な勘違いが始まっていきそうだなーって思ってしまった。
「……
鈴音さんからのナイスアシストが入って、笹田さんはここでようやく『なるほど』といった表情を浮かべて納得してくれた。
「鈴音さんの言う通りです。なんで、そんな発想になったのか意味不め……」
「あ……えっと……普通に優しいから」
胸に手を当てて、まるで俺を称賛するかのような柔らかな笑みを浮かべてくる笹田さんに見惚れそうになる。でも、ここは気合いの入れどころだと、拳に力を込める。
「それだと世の中の優しいと称される人たちには、全員彼氏彼女がいる設定になりますよ」
「え? あ……言われてみれば、そっか……」
自分の発想がとんでもなかったことに気づいたらしい笹田さんは、自分の妄想がよっぽど恥ずかしいものだと感じたらしい。
目線を下の方に向けてしまって、彼女の頬はほんのり赤みを帯びているような……そんな風に見えてしまうのはなぜか。
「そっか……彼女さん……いないんだ……」
笹田さんはゆっくりと同じような独り言を何度も何度も呟いていて、その様子は若い女の子がお経を唱えているような光景に見えてきて不思議な感じだった。
「鈴音さん、今日も防音室貸してもらえますか」
現実世界に帰ってこない笹田さんをどうしていいか分からなかった俺は、鈴音さんに話しかけることを決めた。
「遠慮なくどうぞ。私は、まだ作業できないから……」
森村荘は、本気で至れり尽くせりの場所だと思う。
現在森村荘に住んでいる鈴音さんが、作曲家としてかなりの稼ぎ手。
その二点が合わさって、森村荘は自分たちが使いやすいように改築されている。
二人の経済力のおかげで森村荘には、夢のような施設や設備が整っていく。
「和生くん、発声練習していくの?」
「あー、はい」
笹田さん復活。
「今日は、鈴音さんのご厚意に甘えさせてもらおうかなって」
防音室を貸し切ることができるとか、本当に自分は何様だという気分にさせられる。
自分には鈴音さんに何も返すことができないし、お金を払うといってもそれは受け取ってもらえない。
そして、いつも最後にはプロの現場で一緒に仕事がしたいと返される。
そう言ってもらえているからには、何が何でも鈴音さんが作曲を担当するキャラクターソングを唄えるような作品に出演してみせたい。
(本当は、声優として共演したいけど)
鈴音さんはアニメとゲームを中心に活躍していた声優だけど、今現在は声優としての仕事を減らしている。
鈴音さん作曲家としての知名度が高すぎて、それこそ声優に拘る必要はない。
だけど、やっぱり鈴音さんが声優として仕事をしている以上は共演というものをしてみたい。
(共演したいという気持ちを沸かせてくれる人たちが、傍にいるんだよな)
森村荘に住んでいる仲という贔屓目……贔屓耳? みたいなのはあるかもしれないけど、純粋に鈴音さんが出演したアニメやゲーム作品が好きで心に残っている。
「声優って、稼げない職業ね」
心で誓いを立てようとしていたところ、笹田さんから現実的な言葉が飛ばされてくる。
「先輩声優にそんなこと言われたら、抱ける夢も抱けなくなります」
「だって、貯金がまったく貯まらないでしょ?」
「俺たちの仕事は、夢を届ける仕事ですよ」
「ふふっ、そうね。そうよね」
先輩にからかわれていたことに気づくと、今度はこっちが気恥ずかしくなってきて、うっすら顔が熱くなってきたようなそうじゃないような……。
「あの……私も発声練習……一緒にしてもいい?」
顔の熱をどうにかしたいと思っていると、笹田さんから控えめな声が耳に届いた。
防音室自体は鈴音さんと香耶乃さんのものだから、笹田さんが俺に遠慮することはない。
俺は問題ないということを笹田さんに伝えるけど、笹田さんの様子が変化したような気がする。
「鈴音さん、私も防音室を借りてもいいですか?」
「うん」
「ありがとうございます、鈴音さん! 大好きです」
「機材がある部屋はちゃんと仕切られているから、機材のない方でストレッチもできるから……」
鈴音さんに後片付けをお願いしてから、笹田さんはそそくさと部屋を出ていった。
(笹田さん、なんか途中から様子可笑しかったような……)
元気そうに振る舞う彼女のその姿に、何も声をかけることができなかった自分がぽつりと独り残される。
「頑張ってね、お仕事」
炎上声優の笹田さんは、今日もアニメ・ゲーム業界で大活躍中。
ライブイベントもたくさん控えていて、多くの人たちが彼女のことを必要としている。
炎上させてしまって申し訳ございませんとか思っていたって、炎上なんてなかったんじゃないかって思わせるくらい仕事量が多い。
いつになったら、笹田結奈の仕事量を超えられるようになるのか途方に暮れてしまうほど。
「笹田さん、入りますよ」
それでも、今日は同じ作品で共演させてもらう。
彼女がどんな気持ちを抱いていたとしても、今日はより良い作品作りのために尽さなければいけない。それが新人声優の俺に課せられた使命だ。
「って……それ、なんですか……」
「っ、ぁ……見、な……で……っぅ」
防音室に向かうと、笹田さんと会話する間もなく笹田さんは既に仕事モード。
準備に取り掛かっている先輩声優にかける言葉は、もちろん……。
「……手伝いましょうか」
「……お願い……」
予定通りに話を進められないのは、やっぱり自分自身が悪いんだということがよく分かる。
これじゃあラジオの仕事やMCといった仕事とは縁がなさそうで、かなり反省しなくてはいけないところかもしれない。
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