終 あとがき

 アリスは、高校に入ったあと始めた古書店でのアルバイトでちょっとずつ貯めたお金を使って、ノーチラスでペンダントをオーダーした。

 ネモ店長は、アリスの伝えたモチーフからさらさらとスケッチを描いて、こんな感じでどうかな、と見せてきた。予算の都合で石をはめてもらうことはできなかったけど、できあがりはそれでもとても満足のいくもので、アリスは大学に入ってからこっち、ほぼ毎日それを身につけている。


 小学生だったアリスが、気が向いたときだけは学校に行くようになり、なんとなく卒業して中学に上がった二年目、図書館は閉館した。厳密にはなくなったわけじゃなくて、移転したのだけど。

 移転先は図書館にするために新しく作られた建物で、広くて蔵書量もぐんと増えた。前の図書館みたいな階段もないから、車椅子の人やご高齢の人なんかにも使いやすくなったらしい。司書のみんなは、マーゴは前の図書館と一緒に引退。家族の増えたメイユールさんはお引っ越しをして、新しい図書館に勤めるようになった。

 でも、新しい図書館はバスを乗り継がないとたどり着けないところになってしまったので、アリスの足は自然と遠のいた。だからといってアリスが本から離れたわけではない。秘密結社本読みは、一度仲間になってしまうとそうそう抜けられないのだ。アリスにまだない知識を与え、世界の広さ深さを垣間見せてくれる本が手元にない時間は、あまりに退屈だった。

 だからアリスは、近くにある大学の図書館に通うようになった。


 とはいえ大学の図書館だ。アリスはてっきり、大学生や教授じゃないと入れないんだと思っていたけど、そんなことないって教えてくれたのはミルヤだった。革の染め方のことは、けっこう化学の知識とかが要るらしくって、それを調べるのに大学の図書館は便利なんだって。

 アリスはそうして、半年ぶりに「図書館」に入った。緊張しながら身分証明書を示して、一般入館者として一日入館券をもらった。この入館券で入る人は本を借りて帰ることはできないと言われたので、気になった本は図書館の中で読む。今までの図書館と違って人が結構多い(主に学生だと思う)から、読む場所を探し本を抱えたままさすらっていたら、アリスは思いがけない人に出会った。

 あの図書館の閉館と一緒に行方がわからなくなっていた、ルカだ。


 アリスは、棚の前に両膝をついて本を並べていたルカの横にしゃがむと、こっちを見たルカに「こんにちは」と言った。ルカは驚いた様子もなく、うん、とうなずいてから聞いた。

「良い本あった?」

「ありました。これから読みます」

 ルカは立ち上がると周りを見回し、それから奥の方を指さした。

「あっちの奥はよく空いてる」

「ありがとうございます。今はここで働いてるんですか?」

 ルカは首から提げた職員証をつまみあげて見せてくれた。ルカ=E・ワイラー。司書。

 今アリスはその図書館に、一般入館者じゃなく学生として出入りしている。


 ルカに初めて会ったときから、アリスは身長は一フィート近く伸びたし、髪も伸ばして、毎日違う結い方を楽しんでいる。でもルカは全然変わっていない。アリスのおばあちゃんが十歳くらいのときからずっとこうらしいから、きっとこの先もそうなんだと思う。アリスが卒業して、働き始めて、もしかしたらお母さんになって、さらにおばあちゃんになって、そして死んでしまったあとも、ずっと。それまでにアリスは、何冊の本を読めるだろうか。


 今日のカウンター業務の人には、すてきなペンダントね、と言われたので、アリスはそれを首から外して見せてあげた。ネモ店長の手による細かい細工は、是非ともいろんな人に見てほしかったから。


 ページが開く本の形のペンダントトップは、表紙には壺、裏表紙に宝石の絵をあしらい、チェーンを通す部分は朝顔の花と蔓がモチーフ。アリスはこの本に、タイトルは彫ってもらわなかった。

 いいわねえ、と言いながら返してくれたその人に、アリスは満面の笑みで「そうなんですよ」と答えると、今日借りたい本を手渡した。

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アリス・シュミットとタイトルのない本 藤井 環 @1_7_8

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