11話-②:ロックンロール
蛇行の続く山道を疾走するトラックの中、後方から異様な気配が迫ってくる。エイダは魔法探知レーダーで後方七〇〇メートル先、曲がり角を抜けた先の地点に先ほど感じた三台のハンヴィーを捉えた。距離が縮まったからか、敵の解像度が上がっている。その鋭い気配に戦慄しながら無線に呼びかける。
「コンタクト! 追いつかれたぞ! 間違いなく魔法戦力が含まれている!」
追撃してくるハンヴィーの一つから、強烈な魔法の気配を感じる。あれが追撃部隊の中核を担う魔法戦力なのだろう。クーデターの最中に、最重要人物である李国家主席を追撃してくる部隊だ。その精鋭さを感じさせる鋭い存在感に、マナチャンネルが鋭い警告を発してくる。
敵追撃部隊の先頭車が見えた!
「タクティカル! 敵は12.7㎜を装備しているぞ!」
無線越しにエイダが声を張り上げる。軍用ハンヴィーに搭載された12.7㎜機関銃は、その火力と威力が圧倒的だ。山道の幅は二台のトラックがかろうじて並べる程度で、同時攻撃のリスクは少ないが、それでも直撃を受ければ防御魔法でも長時間耐えられる代物ではない。
五〇〇メートルまで接近した敵のハンヴィーがこちらを射程に捉えるや否や、轟音とともに12.7㎜が火を噴いた。通常弾だが人を肉塊に変える音だ。耳をつんざく凶悪な音が山道に響き渡る。小銃などとは比べ物にならない威力で、毎分五五〇発の速度で発射される無数の弾丸が迫ってくる。エイダは即座に防御魔法を展開し、その凄まじい銃弾の嵐を受け止めた。
「キャプテン! 五秒後に防御を解除する! 先頭車に一斉射するぞ!」
「了解!」
エイダは防御魔法を解除し、二人並んで通常弾の射撃を開始する。体力の消耗が著しい中、何度も魔弾を使用することはできない。無制限に使用してしまうと、ポイント到達までの残り十分ほどすら持たず、マナオーバー(マナチャンネルを通して魔粒子に働きかけ、魔法を使用する体力が切れること)となり、最悪の場合はマナチャンネルが焼き切れてしまうだろう。MK48とSCARから放たれる弾丸が敵ハンヴィーの装甲を叩きつけ、走行に支障をきたすよう狙いを定める。しかし、12.7㎜機関銃のガンナーは備え付けられた装甲板に隠れており、ダメージは限定的だ。
エイダが弾切れし、「リロード!」と叫ぶ中、まるでドッヂボールの応酬かのように、敵機関銃の射撃が再開する。エイダは急いで防御魔法を発動させた。再度防御魔法を展開したエイダは、その耐久力を保ちながら即座に再装填を終える。神経に火花が散り始める。
「キャプテン! 五秒後に再度防御を解除する。 今度は魔弾で先頭車両のタイヤを狙ってくれ!」
「やっこさんの度肝を抜いてやりますか!」ホークスはニヤリと笑いながら、MK48に魔粒子を注ぎ込む。エイダが防御を解除した瞬間、ホークスが射撃を再開する。
魔粒子によって強化された弾丸は、防弾加工されたタイヤすらも食い破った。先頭車のハンヴィーが制御を失い、蛇行しながら脇道に突っ込んでいく。エイダの強化された視力は、運転手が必死にハンドルを右に切る様子を捉えた。運転手の努力は一応実を結び、横転したハンヴィーは後続車を巻き込むことなく道を開ける。敵にしてはやるやつだが、やっかい極まりない。
ホークスが後続車に目を向けつつ、「真打の登場ですかい! 追われる側はつれえや」
二台目のハンヴィーからは、明らかに魔法を使用している痕跡が見えた。タイヤや車体に魔法の気配が宿っている。車全体を強化するためには相当程度にマナチャンネルを酷使するはずだが、追撃部隊にとっては消耗など二の次なのだろう。
ハンヴィーから身を乗り出した敵兵が12.7㎜機関銃を発射する。その弾丸には魔粒子が込められており、再度発動した防御魔法の壁を、通常の12.7㎜とは比べ物にならない威力で削っていく。エイダは声を発することすらままならない。
「俺を忘れないでくださいよ!」ホークスが防御を被せ、エイダの防御を支える。しかし12.7㎜の魔弾の前では十数秒も耐えられない。
「トンネルに入ります!」迫り来る危機を前に、無線からカーターの声が入る。カーターの声とともに視界が急に暗くなる。茶山トンネルに突入したのだ。
薄暗いトンネルに突入する最中、敵の射撃が一瞬だけトラックを逸れる。道幅が広がったおかげで敵ハンヴィーが少し横並びになり、二台による同時攻撃が可能になるが、それはこちらも同じだ。ドクが魔法ハンヴィーに向けて銃撃を開始する。敵のガンナーは装甲板の後ろに隠れ、一時的に魔弾の射撃が止まる。エイダは息をついた。
撤退経路として蛇行する山道を選んだことが功を奏している。ここまで複数の敵車両から同時に攻撃を加えられていない。車間距離は二〇〇メートルを切っているが、トンネルの恩恵で空中戦力の脅威は一時的に回避された。もし空と陸から同時攻撃を受けていたら、すでに撃破されていてもおかしくない。
マナチャンネルが悲鳴を上げ始めているが、迫る敵の気配を感じ取ってしまう。しかし限界がすぐそこだろうと関係ない。
道幅が広がったということは、こちらだけに利するわけではなく、敵最後尾にいたハンヴィーからも同時に射撃を受けることを意味する。
魔法ハンヴィーと横並びになった敵最後尾のハンヴィーから李国家主席の乗るトラックを指向し、通常弾の12.7㎜機関銃が射撃される。ドクは防御魔法を展開し、12.7㎜を防ぐが、すぐにでも防御は突破されてしまいそうだ。
ホークスは魔法ハンヴィーに対して制圧射撃を続けている。李の乗るトラックを射撃する三台目の敵ハンヴィーをやれるのはエイダしかいない。道幅が広くなったことで、敵は少し左右に車体を揺らしながら走行している。こちらの反撃を避けるためだろう。エイダはマナチャンネルに集中し、左手で右手首を抑えながら、手のひらをハンヴィーに向ける。
「やるしかない……!」手の支えがなくなったSCARの重みが、ガンスリングを通して右肩から左わきにかけてズシリとかかってくる。
エイダは魔粒子を固めたエネルギー弾を発射しようとしている。追尾性能をつけてだ。この追尾は、手のひらを向けた先にエネルギー弾が指向し続けてくれる性能を持つが、マナチャンネルへの負担が大きい。正念場だ。左右に蛇行する敵ハンヴィーを確実に屠るにはこれしかない。
「当てる……!」声とともに、エネルギー弾を手のひらから放つ。蒼白い光を放ちながら空間を切り裂き、敵ハンヴィーを追尾する。運転席の敵兵が空間の歪みを察知してジグザグに車体を揺らすが、エイダはその動きに合わせて手のひらを微調整し、目標を外さない。エネルギー弾を誘導し続けるため、マナチャンネルには負担がかかり続けている。
「ぅおおおおおおお‼」その瞬間、エネルギー弾はハンヴィーのフロントガラスを突き破り、運転席と助手席に着弾した。衝撃音とともに車体がわずかに浮き上がり、再び地面に叩きつけられる。フロント部分は大きく歪み、内部の運転手と助手席の敵兵は衝撃で押しつぶされた。着弾点に最も近かった運転手の顔面がひしゃげ、目玉が飛び出しているのがわずかに見えた。
「やった……!」エイダが達成感を得たのも束の間、体に激痛が走る。マナチャンネルに負荷をかけすぎた代償だ。頭の中に電流が走ったかのような痛みが広がり、視界が一瞬ぼやける。ジュニア時代に経験した成長痛を何倍にも強くしたような痛みだ。
「少佐、大丈夫ですか⁉」射撃を続けるホークスが叫ぶが、エイダは弱々しく頷くことしかできない。防御魔法、魔弾、エネルギー弾、そして双方向マナチャンネル同期。これまでの作戦で、エイダのマナチャンネルはすでに限界に近づいている。
敵の最後方にいた三台目のハンヴィーが停止したことで、射撃の圧力は緩んだ。しかし、まだ最後の魔法ハンヴィーが迫っている。だが、エイダの体力は残りわずかしかない。
敵魔法ハンヴィーが一気に速度を上げて接近してくる。エイダたちのトラックとの距離がわずか五メートルほどにまで迫る。その瞬間、敵の12.7㎜機関銃のガンナーがハンヴィーの上に乗り出ししゃがみ込むと、勢いをつけて跳躍し、こちら荷台へと乗り込んできた。
「クソ!」ホークスが即座にMK48を敵兵に向けて発砲しようとする。しかし、鋭い動きで拳銃を抜いた敵兵は、至近距離からホークスへ連続射撃を浴びせた。
「ッ!」ホークスは咄嗟にMK48を盾のように構えたが、銃本体が破壊される。ホークスは右手を伸ばして敵の拳銃を掴み、腹部に押し込む形で射撃され続ける魔弾を受け止めた。防弾チョッキと装甲魔法で致命傷を避けるが、魔弾の衝撃は殺し切れていない。
敵兵はなおも防弾チョッキに射撃を続けるが、ホークスが右手と左手で拳銃のスライドを固定すると、銃弾がチャンバーからはみ出し、次弾が装填されない。魔弾の衝撃とその痛みによりゆがんだ顔で敵兵をにらみ返したホークスは、敵兵の手をひねって一気に拳銃を弾き飛ばした。
両手の空いた敵兵は、手をホークスの胸のあたりに軽く当て、距離を取ると、虎が剣を加えたワッペンが刺繍されている左胸に装備されていたナイフを右手で抜き放ち、ホークスに襲い掛かる。身体を防御しているとはいえ、敵兵はナイフを強化し魔刃としているはずだ。魔刃と化したナイフは超振動している。通常の人間がナイフに向き合うのと同じといえるだけの危険な状況だ。
記憶をなくしたCIA職員が、ナイフに対して果敢に格闘する映画があるが、あんなものは幻想だ。手をかすめれば指が落ち、腹をかすめれば内臓が出るナイフは、近接戦において非常に危険な武器と化す。軍人、それも特殊部隊員であるエイダやホークスは対ナイフの格闘訓練をしているが、相手もまた軍人である。それも精鋭だ。訓練による優位性などないだろう。
ホークスに襲い掛かった敵兵は、首元めがけてナイフを一気に振り下ろすが、ホークスは両手でナイフを持つ手首を受け止める。敵兵は空いた片方の手でホークスの首を絞めながら、トラック荷台の後部座席に押し付け、ナイフを刺そうとしている。首を絞められたホークスは力負けしそうになっている。
敵兵が乗り込んできてから、ここまで数秒ほどの出来事だ。疲弊したエイダは即座に反応できなかったが、力を振り絞って拳銃をホルスターから抜き、敵兵に向け銃弾を連射する。
敵兵はもちろん装甲魔法を身体にまとっていたのだろう。拳銃では致命傷に至らないが、衝撃により、今まさに首元を刺そうとしていたナイフの軌道が逸れ、ホークスの左肩あたりに突き刺さる。痛みで目と歯を食いしばったホークスは、それでも目を一気に見開いて敵兵をにらみ返し、右手で腰のスタングレネードを取り出し、敵兵の口に当て、そのまま敵兵の顔を自身から引き離す。
非致死性兵器であるM84スタングレネードは、手りゅう弾と違い、ピンを抜いて一秒後には起爆する。強烈な閃光と音による無力化を目的とした非致死性兵器ではあるが、マグネシウムを主とする炸薬が入っており、爆轟が起きないだけで亜音速の爆燃として燃え、最小限ではあるが爆発は発生する。つまり至近で爆発した場合、非常に危険であるということだ。
起爆したM84は、ホークスの右手に熱傷を及ぼすも、顔面で受けた敵兵の方がより重症だ。マスク越しに血を垂らしながら手で顔面を抑えている。少しばかり平衡感覚が乱れふらついているが、ホークスはもたれかかっていた後部座席から立ち上がり、敵兵をトラックの荷台から蹴り飛ばした。
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