11話-①:ロックンロール
地下から地上へ続く階段を駆け上がったエイダたちの耳にちょうど、外から警報の音が響いてきた。ちょうど遮断魔法の効果も切れたようだ。
どう考えてもエイダとm分隊に関するアラートだろう。見張りから定時連絡がない、正体不明の通信を探知された、理由は様々考えられるが、なぜ気づかれたのかはもはや重要ではない。
「警報が鳴り始めたぞ」ホークスが呟き、無線に呼びかける。「ロドリゲス軍曹! 応答しろ、こちらホークス」
李国家主席が冷静な口調で遮る。「通信は遮断されているぞ」
ホークスはそれを無視し、なおも通信を続ける。エイダは李に、「大丈夫です」と静かに告げた。
基地内は通信が封鎖されていたのだろうが、すでに解除されている可能性は高い。いくらクーデターを画策する側でも、通信を完全に封鎖し続けることは不可能だ。何より日本海に展開中の艦隊とすら連絡を取ることができないことになる。東海艦隊にとっても状況がデリケートであるのは間違いない。クーデターの一部である艦隊が、司令部と連絡の取れない状況が長時間続けばどうなるか、現場判断で悲惨な未来が意図せず引き起こされる可能性すらある。
「キャプテン! こちらロドリゲス」通信機から声が返ってきた。「爆薬設置と車両二台確保完了。 敵に感づかれたようです」この短時間で彼らも仕事を完了している。さすがの優秀さだ。
ホークスは笑みを浮かべ、「ひな鳥を確保した。 繰り返す、ひな鳥確保。 脱出する! 起爆して敵の目を引きつけてくれ。 起爆一分後、基地南東の検問ゲートにて合流。 総員、これより兵器と魔法使用自由!」
「了解!」通信の応答が途絶えると同時に、遠くで爆音が響いた。その音は敵の注意を一気に引きつけ、混乱を引き起こすには十分だろう。
「よし、俺とドクでひな鳥たちを抱えて走る。 少佐は援護を!」ホークスが指示を飛ばしながら身体強化魔法を発動する。青白い光が彼の体を覆い、魔法の力が筋肉を強化していく。
李をホークスが抱え、秘書官はドクに託された。エイダも自身の身体強化魔法を起動し、周囲の安全を確保するべく前方に飛び出した。夜明けの空気を切り裂くように駆け抜ける。
そこかしこで中国兵が走り回っている。十数メートル先、二人の敵兵がエイダに気づいて声をあげようとするが、エイダの小銃がそれを許さなかった。ホロサイトに敵兵を収め、無感情に引き金を引き、二発の銃弾が彼らを沈黙させる。
「エネミーダウン!」感情調整魔法を再起動したエイダは、先ほどまでの感情の波は薄まり、経験豊富な兵士そのものだ。
南東の方向を見ると、約七〇〇メートル先の検問にロドリゲスとカーターが到着している。すでに検問の敵兵と交戦しているようだ。振り返ると、ホークスとドクがひな鳥たちを抱えながら走ってきている。エイダはその姿を確認すると一気に駆け出す。
グリコーゲンや糖質、クレアチンリン酸に代わり、魔粒子が筋肉を動かすエネルギーとした代替され始めた足取りは軽く、距離を一気に縮めていく。七〇〇メートルを駆け抜けるのに一分もかからない。魔法により強化された身体では、個人差はあるが2倍ほどの走力を発揮することができる。検問に到着すると、ロドリゲスとカーターがすでに敵を排除している。彼らが確保しているトラック二台が停車していた。
不足時以外は使用されずに放っておかれがちなトラックなのだろう。ところどころ錆びており、燃料が入っていたのは幸運だ。ロドリゲスとカーターがそれぞれの運転席に乗り込み、すぐに発進できるようにしている。
「ドク! カーターの車にひな鳥を乗せろ!」ホークスが指示を出す。「そのままそっちに付き添え」
「了解!」
ドクは迅速に動き、李と秘書官を四人掛けの後部座席に乗せ、自身は荷台に移動する。
エイダとホークスはロドリゲスのトラックの荷台に飛び乗った。「発進!」ホークスの号令とともに、トラックが一斉に動き出す。豪奢な基地の割には粗末な検問のバリケードを吹き飛ばしながら、カーターのトラックが先頭で走り出し、その後エイダたちの乗るトラックが続く。
基地内の混乱は依然として収束していないようだ。トラックのエンジン音が朝焼けの静けさを切り裂く中、背後からの追撃はまだ確認されていない。しかし、それは今この瞬間だけの話だ。早ければ数分、遅くとも十数分以内には追撃分隊が迫ってくるだろう。
ホークス大尉が無線に声を送り込む。「ウォッチタワー。 こちらホークス。 ひな鳥は巣を飛び立った。 繰り返す、ひな鳥の救出に成功。 現在、ポイント30564952に向けてトラック二台で走行中。 白の荷台付きのやつだ! 現在、追撃は確認できず。 ETA二十分、オーバー」
〈了解した。 回収部隊を向かわせる。 アウト〉
ホークスは端末に映る地図を確認し、「総員、目的地は松蘭山海浜リゾートを超えた先にある烏沙岬付近の砂浜だ。 象山港沿いの曲がりくねった山道を抜け、自然の遮蔽物と地形を利用する。 間もなく敵の追撃が来るはずだ」
ホークスは一呼吸置き、「北上する過程で山間部を突き抜ける長い茶山トンネルを通る。 これで空からの追っ手を一時振り切れるだろう。 山道はその狭さ故、敵が大規模な地上部隊を展開するのは難しい。 こちらは追撃してくる敵に対して正面防衛に徹することができる。 トンネルを抜ければ砂浜が見えるはずだ。 わき目も振らず、そこに突っ込むぞ。 カーター、ドク、何があろうとこちらへの助けは必要ない。 ひな鳥を無事送り届けることのみに専念しろ!」
「了解!」カーターとドクが応答する。頼もしい隊員たちだ。
ホークスは荷台から身を乗り出し、分隊支援火器であるMK48をロドリゲスから受け取った。これで荷台から追っ手に対し、より強力な火力をお見舞いできる。SCARよりも一回り大きなMK48は鈍い黒光りを放ち、重厚な存在感を示している。弾薬ベルトの先端からぶら下がる弾丸の袋が、まるで圧倒的な殺意の塊のようだ。
周囲の風景は次第に山間部へと変わりつつあった。舗装状態の悪い道路が蛇行し、トラックの車体を上下に揺らす。ホークスはMK48の状態を確認しながら、隣のエイダに目を向けた。
「少佐。 しつこいですが、体調はどうですか?」
マナチャンネルの双方向同期直後のハイな感覚は、時間の経過と感情調整魔法によりほとんど薄れていた。エイダはだいぶ冷静さを取り戻している。
「色々と心配をかけてすまない。 命令にないマナシンクロナイザー使用については、帰投後のレポート作成時に経緯をきちんと記載しておく。 キャプテンの指揮統制上の過失ではないとな。 その点については心配しなくていい」
「いえ、そのことではないのですがね。 結果的には現状があるわけですし。 本当に体調面での心配ですよ。 同期直後の少佐はなんというか……目の焦点があっていない感じでしたので」
「そんなだったのか!」エイダは驚き、苦笑いを浮かべながら、「ブサイクじゃなかったか?」
ホークスは苦笑しながら、「そこですか。 まあ、少佐はいつも通り魅力的ではありましたが……。 そうではなく、なんというか内面が普段と違うという感じです。ご自分でもわかっているでしょう?」
「ああ、そのことか。 そもそもなぜうまくいったのかわからないが、同期直後は酔っ払ったようにハイになっていた。 まともな対応ではなかった。 だが、今は大丈夫そうに見えるだろう? というか、うまくいって本当に良かった。 運が良かったな!」
「運が良かったですか……」ホークスは苦笑いを続けながら、「崖っぷちの時の少佐は変わらないですね。 たまにエイヤ感というか。 結局、ケツを拭くのは自分なのですが」
「レディーの前でケツとか言うものじゃない」エイダは笑いながら、「とはいえ、いつも頼りにしているよ。 ありがとう」
エイダがホークスと軽口を交わし、束の間の安堵感を味わっていると、不意に遠くから鈍い羽音が聞こえてきた。その音は徐々に近づき、トンボのような低くうなるような響きが耳を刺す。その音にエイダとホークスは視線を奪われてしまう。
「ドローン、ドローン、ドローン!」エイダが即座に無線で叫ぶ。「対地ミサイルを装備している。 捕捉されたぞ!」
強化された聴力と視力が捉えたのは、人民解放軍の無人航空機CH-4だった。空に浮かぶ白い物体として迫るその姿は、遠隔で操作する人間がいるとしても、機械の冷たい殺意そのものだ。従来型のCH-3を改良したCH-4は複数の目標を同時に攻撃可能とされており、今やエイダたちの二台のトラックがその標的となっている。
「総員! 対地ミサイルが来る!」ホークスが無線に声を響かせつつ、「こちらで対応するが、ドク! 対空防御を怠るなよ!」
「わかっていますよ!」
「俺がミサイルを迎撃します! 少佐はドローンを!」
「了解!」
エイダはマナチャンネルに集中する。胸元の魔導機を通じて、SCAR-Lとチャンバーに込められた弾薬に魔粒子を注ぎ込む。科学と魔法の融合が銃弾を強化し、威力、貫通力、弾速を飛躍的に向上させていく。
CH-4は急速に接近してくる。高価な代物であるため通常は慎重に運用されるはずだが、今回は特殊な状況だ。搭乗者の損耗を気にする必要のない無人航空機は、戦場での圧倒的な脅威として空に鎮座している。何としても李国家主席を抹殺するという強い意図が透けて見える。必ず殺害せよという指令を帯びているのだろう。
「迎撃する!」エイダは息を整え、単発に設定してあるSCARの引き金を引き始める。魔粒子の円環が銃口から放たれた弾丸を加速し、単発射撃の連続が的確にドローンを捉え、数発の魔弾がCH-4の外装を容赦なく貫く。周囲の酸素を取り込んだ魔粒子が内部で爆ぜ、爆発四散し空に炎の花を咲かせた。
「敵ドローン撃破!」
その直後、爆破前にCH-4から発射されていた二発の対地ミサイルが視界に入る。
「ミサイル、ミサイル!」
ホークスがMK48を構え、フルオート射撃を開始する。炸裂する銃弾の嵐がミサイルを捉え、トラックに到達する一〇メートル手前で迎撃に成功する。爆発の熱気と微かな風がエイダたちの頬をかすめ、焼き尽くすかのような振動が空気を揺るがせた。
「補足されたな」ホークスが冷静に状況を整理しつつ、「空と陸からの挟み撃ちは持ちこたえられない! ロドリゲス、カーター! 安全運転で急いでトンネルにたどり着け!」
「安全運転か飛ばすのか、どっちかにしてくださいよ!」カーターが軽口を返すが、今は誰もそれを笑う余裕はない。少しばかりお調子者のカーターにも余裕はなさそうだ。
エイダは魔法探知レーダーを起動し周囲を探る。全周囲にわたる探知が可能だが、今回は範囲を後方一八〇度に限定し探知距離を延ばす。個人差はある上、距離が延びるほど精度は落ちるが1.5キロメートルにする設定に切り替えた。
「総員! 一キロ先にハンヴィーと思われる物体を探知した! 数は三! 三分ほどで追いつかれるぞ!」
エイダの報告を聞いたホークスがすぐさま無線で司令部に状況を伝える。
「ウォッチタワー! 送り狼に追われている! 茶山トンネルで振り切るつもりだが、状況推移は不明! オーバー!」
〈了解した。 ポイントまで突っ込んで来られたい。 アウト〉
さらに遠方から新たな音が響き始める。そう、トンボの羽音のような音だ。
「ドローン二機! ドローン二機だ!」エイダが再び警告を発した瞬間、追加で現れた敵のCH-4が、計四発のミサイルが発射する。
先ほどの倍の数のミサイルが一斉に襲い掛かってくる。ホークス単体の迎撃では厳しい数のため、CH-4への攻撃は諦めざるを得ない。「防御を!」ホークスが指示を飛ばし、エイダは阿吽の呼吸で迎撃態勢を整える。ホークスはMK48の連続射撃により何とか三発の撃墜に迎撃するが、先ほどよりも近い距離での迎撃だ。
エイダは防御魔法を発動し、迎撃に成功した三発の爆風と破片を防ぎ切ると同時に、直撃の一発に備える。すさまじい威力だ。RPGとは比べものにならない衝撃と威力を、マナチャンネルに力を込め耐えきる。額に血管が浮かんでいるかのような感覚で脳内を血液が駆け巡っているのがわかる。
ミサイルを打ち切ったCH-4は最接近してくることなく、遠巻きにこちらを監視している。こちらの位置を補足し続けるためだろう。もたもたしていると敵の増援がトンネルの出口を抑える可能性まである。絶対に足を止めることはできない。
「急げ! 絶対に足を止めるな!」ホークスが叫び、二台のトラックは蛇行する山道をさらに速度を上げて進んでいく。
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