音楽室で天才にレッスンされたら人生変わってきた…?
むーしゅ
第一曲目 第一楽章
始まった。始まってしまった。
たった10日間の春休みにどうしろっていうんだ。うち2日は土日で潰れるから、自室8日間だ。
教室の準備、名簿の作成、新入生の教科書の運び込み。音楽家のすることか?
しょうがないじゃないか、生活のためにもこの収入を失うわけにはいかない。
音楽家、それでいて中学校教師、未羽 拓人(みう たくと)
僕は教師3年目にして、こんな愚痴を抱いている。
「ちょっと未羽先生!入学式のイスが足りてないじゃないか!!」
「あ、はい、すみません、、
でも、職員会議で言われた数のはずです、、、」
「なにぃ?!私が言うんだから間違いなんいんだ!そんなことで口答えするような先生はね、人間としてどうかと思う!ちゃんとやれ!」
なんでここまで言われなきゃいけないんだ。
そもそもこの仕事は、原井先生、あなたと僕の仕事じゃないか。しかも主たる担当は原井先生だ。
僕はどうしてもこの原井という先生が苦手だ。
初めは「新しく来たけど、未羽先生はいいなぁ!」とか褒めてくれていたが、
その後気づいたが、自分の言うことを聞いてくれそうな下の立場の先生を懐柔する態度だった。少しでも口答えしたり、原井の意見に違うことを言えば、ねちねちと攻撃してくる。
ちなみに僕の同期の森先生も苦しんでいた。今は病休中。僕もいつそうなることか。
「とにかく未羽先生、あなたが責任持ってやりきれ!生徒は下校時間だから、あなたがやれ!」
生徒の前で、怒鳴り声での指示。疲れる。辟易する。やってらるか。
心の中で思いつくかぎりの悪態をつき、僕はパイプイスをしぶしぶならべるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
僕の心の拠り所、それはやはり音楽、とりわけ声楽だ。
心に1番近い楽器、それが声だ。
僕の音楽の原点であり、信念。
もちろん、ピアノもオーケストラも素晴らしい。でも、歌うことが1番好きだ。
その気持ちを誰かに伝えたい、誰かの人生の幸せの役に立ちたい。
そんな想いから、教師で音楽家である道を選んだ。選んでは、みた。ものの。
今、僕は音楽室でこもっている。イス並べの作業も済んだのだから、さっさと家に帰ればいいのに。
疲れた時、特に心が疲れたときは、好きな歌でも弾き語りすれば、気がはれる。
がどうしても今は歌う気になれない。
だから、ピアノの真ん中の鍵盤を1オクターブ内、全て押してみた。いま、美しい音楽など聴きたくない。このカオスに混ざり合うか合わない音を立ててみたくなった。
白鍵と黒鍵を1オクターブ内で全て押すと、まったく無秩序な音の重なりになる。いまの自分の心持ちのようだ。
そこに声が聞こえる
「そんな音楽を奏でたいのかい?」
焦る。変な音を出している自覚がある上、職員室から逃げて来ているのを誰かに見られるのは恥ずかしい。だから大いに焦る。
しかし、音楽室には自分以外いないし、出入り口にも誰にもいない。
「おや、きづいてない?私の前でそんな音を出すのかい?君は音楽家だろうに」
また聞こえる。壁からだ。焦るとなかなか気がつかないものだ。
「天才のぼくなら、その12個で至極のメロディを聞かせてあげるが、君はそんな気分じゃなさそうだ。そんな人にぼくの作品を聴かせるのはもったいないね。」
壁にかけられてる肖像画、左から三番目、赤いジャケットに白の長巻のカツラ。
右の肩口からこちらに語りかける肖像画があった。
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト
稀代の天才が自分に語りかけていた。
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