Summer Thief
@kuron2864
Summer Thief
『諸君の夏を頂きに参った 明日正午グラウンドに集まるべし 怪盗サマーシーフより』
終業式を終えた2年A組の黒板に書かれていた予告状は、イタズラとしてすぐさま消された。
「誰が書いたか分からんがこんな風に夏休みで浮かれてたら痛い目に遭うからなー」
担任の言葉に返事をし、特に犯人探しもしないまま終礼を終え、俺を含めた40人はそぞろに帰る準備を始めた。
人生で11回目の夏休み。明日から何しよう、と考えていたが結局いつも通り勉学に励むことになりそうだ。すると後ろから元気ハツラツな声が聞こえてくる。
「なあ太鳳!さっきの面白そうじゃね?せっかくだし明日行ってみね?イタズラならそのままカラオケ行けばいいしさ!」
幼なじみの翔哉だ。昔からよく一緒に行動しており、こうして良い提案してくる。
「面白いな。こういうことに興味を持って動くことが夏休みの学生の本文ってことで。他にも誰か誘う?」
「そしたらこっちで適当に誰か呼んどくよ」
それじゃあまた明日、と別れ、俺は掛け声の響くグラウンドを横目に帰路に着いた。
翌日、朝早く目が覚めたため気持ちよく二度寝をしようとするとチャイムが鳴り響く。「おーい太鳳ー!起きろー!」
チャイムを鳴らしたなら誰か出るまで待てよ…。
「あ!お母さん、おはようございます!」
「あら今日も元気ね、うふふ。」
母さんが出てくれたようだが、もしも寝てたらどうするつもりだったんだ?と思ったが、うちの母は必ずこの時間には起きていることを知っての行動だろう。
「たーくん、翔哉くん来たわよー」
という母の呼び声に答え、そそくさと着替えると段差のきつい階段を降りる。
「お、ねぼすけの癖に今日は早いな!さては楽しみで寝れなかったな?」
「馬鹿言え、たまたまだよ」
とは言ったものの楽しみであることは事実だ。夏を盗む、なんて大それたことを言った奴の正体を見てみたいし、盗めるもんなら盗んでみろ、というある種の期待もしている。
「まだ9時だけど、なんでこんな朝早くに?」
「そりゃ事前に行って正体を突き止めるためだよ。まさか、気になんないか?」
「それよりもどうやるかの方が気になるよ」
トリックには大して興味もないのか、翔哉はぶっきらぼうに
「どうせ辞書から夏という文字を取り出しましたーとかクソみたいなマジックだろ」
と返答する。どうやら正体にしか興味が無いようだ、弄りたいだけだろう。
会話も一段落せぬまま余程楽しみにしているのか急かされたため、急いで準備をする。そうしてそのまま学校のグラウンドへとやってきたが、夏休み初日にも関わらず運動部は普段と変わらず練習に励んでいる。中には体育祭に向けて特訓している軍団もおり、いつもと変わらないようでただいるだけでも青春を感じられる、そんな空間があった。そんな中翔哉は、
「いやー、今日は部活なくてよかったぜ。バカ暑いもん。」
お前がキャプテンを務めてるから夏休み初日にもかかわらず練習がないのでは?と言う言葉をぐっと堪えた。これで成績優秀かつ眉目秀麗で運動もできるのだから恐ろしい。
「そういや、ほかのやつらは?誘ったんだろ?」
「ああ、3人ぐらいな。あいつらには正午前には来いよ!って念押しといた。」
「なんで俺だけ朝早いんだよ」
「だってこういうの好きだろ?」
やはり幼なじみとは恐ろしい。長い時間をかければかけるほど相手のことがよくわかるようになるというが、翔哉にはそんな表現以上に造詣が深い。
「翔哉はどうせ今後いじる存在を見つけるためだろ」
「さっすが太鳳!よくわかってるけど半分正解ってとこかな!」
まぁさすがに俺は翔哉のことを全ては理解できてないようだ。
「まぁうちのクラスの奴が犯人かもわかんないけど、こういう未知のものに首を突っ込むのも学生の本文、って理由は考えといたよ」
「太鳳がいっつも言ってるやつじゃん」
そんな話をして笑っている間にすでに11時を回っていた。特に何か変わる様子も変な人物が学校に来る様子もない。話しながらも周囲に気をつけていたが、やはり異変はない。
「もしかしてこの作戦、怪盗が俺たちより先に来てたら意味無い?」
「んー、まぁそもそも隠れられてたらなおさら意味ないよな」
「気が付いたなら早く言うべきだろ!まぁ、こうしてる間になにか細工されてる方がまずいから張ってる、ていう言い訳はどう?」
聞き覚えのある言い回しに俺は微かに笑いながら返す。
「言い訳どころか真実だな」
にかっ、と翔哉ははにかんだかと思うとキョロキョロとあたりを見渡し始めた。
「玄関あたりの影で休もうぜ。さすがにそろそろ日差しがやばくなってきたし」
俺たちはなぜこんな太陽に晒されながら話していたんだろう、と呆れながらも人類が対応するにはまだ早すぎる環境から身を隠すべく影へと移動した。
そうして影でいつものように駄弁っていると、正午が近くなってきた。やはり変な動きや姿をしたなにかは現れそうにない。
「なあ、やっぱあの予告状はただの悪ふざけだったんじゃね?」
「いや!そんな訳が無い!」
「その心は?」
「勘!」
「…だよな」
にしても、俺たち以外に同じクラスのやつが来ないとは恐れ入ったものだ。忙しいのは分かるが、こんなにみんなには知的好奇心というものが備わっていないとは。確かに俺は正体には興味が無い。しかし夏を盗む、という大口を如何にしてこなすのか、その得体もしれない方法に時間とともに心が昂っている。長所と短所は表裏一体だが、俺はこの好奇心を猫をも殺すものだと思っていない。
「おい、そういや呼んだ3人は?まだ来てないけどもうそろ12時だぞ?」
「あいつら、まさかドタキャンか!?寝坊だとしても俺は許さねぇぞ!」
翔哉から思いの外元気な怒号が響き渡り、思わず翔哉に目が移る。
なだめるように、くしゃっとはにかみながら、
「はは、まぁ俺たちだけの秘密に…」
—------------ドサッ
重量のある何かが落ちたような音に釣られ、視線を元に戻すとそこには先程までは確実になかった冊子のようなものが目の前にあった。
「お、おい。これって…」
「多分、そういうことだろう。俺たちしかいないことをどこかで見ていやがったんだな」
急いで物陰などを見てみるが、残念ながら怪盗はものの見事に消えていた。
「くそー!とっ捕まえてやるつもりだったのに、相当なやり手だな!」
確かにこれは怪盗らしくスマートだ。しかし、サマー”シーフ”と言っておきながら”怪盗”
を名乗っているような輩にしてはあまりに鮮やかすぎる。考えても答えは出ない、ということで唯一の手がかりである冊子を手に取る。タイトルだろうか、『なつぬすみ』と書いてある。
「これ…小説ぽくね?」
ぱらぱらとめくっていると手書きの文章ばかりが連なっているが、中には手書きのイラストも幾枚かあった。あまり上手ではないが、下手というにはしっかりと描けている。合わせて大体50枚ほどの紙がたばねられていることから、おそらくラノベのようなものだろうか。
「誰が書いたんだ…?作者名もないし、そもそもなんのために…」
「でもこれよ、あの怪盗の仕業以外ないんじゃね?さすがに」
「これを読ませることが目的だってことか?だったらこんな真似しなくてもいいと思うんだよな…」
眉間にシワが寄る。
「でもこれ読んだら怪盗の正体に近付く気がするけどな。勘だけど」
「こういうときの翔哉の勘は何故か当たるからなぁ…。」
昔からこういう謎の出来事に2人で出会うことが良くあったが、翔哉の勘は不思議と的中する。まるで翔哉を中心に物事が動いてるかのように感じることもしばしばあった。これもその一つに加わった。
「どうせ翔哉は部活で忙しいだろ?だったら俺が代わりに読んで感想伝えるよ」
「さすが太鳳!んじゃ帰るか!」
わくわくした時間はあっという間に終わり、2人はそのまま帰路へと着く。太鳳は家に帰るや否や先程の冊子を開き、読んでみる。
『私は怪盗フライヤー。古今東西四方八方からあらゆるものを盗み出した偉大なる人物だが、いよいよ盗むものが少なくなってきた。ということで今度”夏”を盗むことにした。怪盗状をどのように出してやろうかと考え始めたのが、「私は怪盗フライヤー。」辺りからだ。私の出す怪盗状は他にはあまり見ないタイプのものだと自負している。どういうことかというと、一般的な怪盗状は「今宵〇〇を頂きに参上する (通り名)」みたいなイメージを持つ人が多いだろうが、私は違う。いや、通り名を名乗るのは間違いではないが、予告の内容が一部暗号となっているのである。例えば、こういうのだ。
――――――――――――――――
鵺 黄へ染めよ
無意味な理由 日の本に蹴る
不死達殺す帆 触れや
葉を巻く手 赤吊らせ
上記の文章から推測される刻に太古の宝石を頂戴する 怪盗フライヤー
――――――――――――――――
みたいな感じだ。
皆にこの文章の意味がわかるだろうか?ロンドン警察には優秀な奴がいるようで、しっかりとこの時間に警備を強化していたが、読み解いたからといって私は捕まるようなものではない。
自慢の謎、いや我が子はまだまだ沢山ある。夏を盗むという大きな仕事の前に改めて今までの偉業を振り返ろう。』
推理小説とはまた違う、謎解きに関する内容に困惑を覚える。なんだ、この作者の意図は?そればかりが頭に浮かぶ。イラストがついてる意味はわかったが、ロンドンなのに日本語の謎なのは意味がわからない。まぁそれは重要でないから良しとしよう。とはいえ謎が目の前にあれば好奇心が自然と芽吹く。どうも文章自体は小説の体を成しているようなので、文章を楽しむためにも謎を解いてみることにした。
……
……
……
……
「たーくーん、ご飯よー」
母の声にハッとする。どうやら謎に夢中になるあまり時間を忘れていたようだ。腹が立つことに最初の謎でつまずいており、未だ納得のいく答えが出てこない。さらに腹が背伸びするほどに、この冊子には答えがない。つまり俺は答えを出すことが出来たとしても正しいかどうかを疑い続ける日々、になるということである。くそ、イライラすると思考が散漫になる。腹が減っては戦はできない、という理由のもと、ひとまず夕ご飯を食べに行くことにした。しかし、咀嚼よりも考えることを優先する脳のせいでいつもよりよく噛んで食べている。解けない、ということがこんなにも俺を苦しめるとは思わなかった。そうして太鳳は、夏休みが終わるまでに必ず全ての謎を解き怪盗からの挑戦状に打ち勝ってやる、と心に決めた。
翌日、太鳳はいつもよりも早く目を覚まし、いつもより早く朝食を済ませるや否や冊子を開く。ヒントを探すことは若干癪だが、無駄なプライドよりも大切にすべき輪郭のために穴が空くほどに文章を睨みつける。そうして、1時間……3時間……と時間が経った頃、
「あ!そういうことか!?」
やっと、やっと納得のいく答えが出てきた。正解か定かではないがピースが綺麗にハマった感覚がしたからきっとこれが答えだ。ああ、たかが1問解くのに一日の半分を費やしてしまった。別に解く必要のない、世界観を構築するためだけの謎にこんなに本気になってしまうとは、やはり自分は負けず嫌いなのだと改めて実感した。しかし、本を見る限りまだまだ謎は用意されているようで絶望に近い感覚がしたが、同時に武者震いもやってきた。ただ単純に本文も面白いため文を楽しむという目的を忘れないようにしながら、次のページを開いた。
「ああああああああああやっと全部解いたあああああああああああああ!!!!!」
歓喜のあまり、柄にもなく大声が出てしまった。
答え合わせはできない。しかし、もうこれ以上の答えは考えられない。それほどまでにこの夏休み中ずっとこの冊子の謎について考えていた。カレンダーを見る。どうやら今日は8月31日、最終日だ。ああ……でも悔いはない。そう浸っていると、着信音が鳴り響く。どうやら翔哉からのようだ。
「よお太鳳!」
「なんだよ急に」
「いやいや、あれ以来会えてなかったからさ!あの冊子どうなったんだろって思って」
「本当なんか、お前ってすごいな」
「え?」
「ちょうど解き……いや読み終わったとこでさ。タイミングが良すぎなんだよ」
いつも翔哉はタイミングが良い。やはり幼なじみだからだろうか。
「お、まじ?どうだった!?」
やたらと食い気味に返答を促される。
「これさぁ、結局なにが目的だったかわかんないわ。」
よくよく考えてみればこの冊子はあの黒板に書かれた怪盗状から始まったのだ。つい夢中になるあまり忘れていたが、夏を盗む、なんて芸当はついぞ見ることはなかった。
「はぁ、どんな手口で盗むのか期待してたのによ」
「はは、でも楽しかったろ?」
違和感を覚える。なぜ翔哉からこの言葉が出るんだ?
「おいおいまさか太鳳、気付かなかったのか?俺は翔哉、もとい怪盗フライヤー、改め怪盗サマーシーフだ!」
「……は?」
まさか翔哉が全て仕組んでいたってことか?じゃああの時の冊子はどうやって?いやそもそも一緒に終業式に出てたのになぜあの怪盗状が?様々な疑問が湧き出るが、そんなことはどうでもいい。
「なんでこんなことしたんだよ!……って悪いみたいな言い方になっちゃったけど、ほんとになんでだ?」
「だって俺たち来年は受験とかで忙しいだろ?だから最後にってわけじゃあないけど、楽しんでもらおうと思ってよ!他の奴らも来るかなーと思ったけどやっぱり太鳳しか来なかったな!」
やはり幼馴染みとは、いや最早恐ろしい。ここまで思考や行動をトレースされているとは。
「俺の自信作すごいだろ!将来的にこういうのやっていきたいと思ってんだよ」
翔哉の口からこういうことを聞くのは初めてな気がする。普段よくつるんでいるからこそ、親友だからこそ言えないし、聞けないこともある。その壁を越えてきてくれたことにどこか誇らしさすら感じた。
「翔哉がこういうことを夢見てるなんて思いもしなかったよ。」
「まぁな、最近思いついたからな」
「はは、翔哉らしいよ」
しかし、俺はもちろん忘れてはいない。
「ところで夏、盗めてないけど?」
面白かったとはいえ、あれを伏線とするのならば回収されるべきものだ。現時点では納得のいく結末ではない。
太鳳の問いに対して翔哉はぶっきらぼうに、
「え?充分盗めたと思うけど?」
一切そんなことは無い、と口に出そうと同時に頭の隅にひとつの答えが脳裏に滑り込む。まさか、夏を盗むって……。
「いい思い出になったろ?宿題までやらせないぐらいにしようかと思ったんだけどな!」
……やはり、いやこいつは凄い奴だ。
電話越しでもわかる程の笑顔での問いかけに、俺は悔しそうで、しかし嬉しさが溢れ出る顔で答える。
「決して忘れられない夏になったよ」
「はは、だろ!!」
2人は高らかに笑い、また明日、と約束した。明日から季節が変わる。こいつといると、秋もすぐに明けそうだ。
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