リトル男の行方は......?
「────」
「なんか、この時間にシズクを見ること初めてかも」
「そりゃそうでしょ。基本時報が鳴る時には外でないんだし」
「相変わらずの真面目ちゃんね、シズク。こういうのは暗黙の了解なんだよ。お酒飲んでも捕まらないでしょ?そういうこと」
月が空を明るく照らして、時報が流れ始める頃。アヤノと私は、学校のだだっ広い校庭で静かに佇んでいた。初めてといっていい、時報の時に外へ繰り出すという危険行為は、なにも自分で決断したことではない。そう、この日をもって、私達の後悔が決まるかもしれない、私達に最悪な事が降りかかるかもしれない。そんな一日になる。
「にしても、なんでコタロウはここに呼んだんだろう?部室はシズクの部屋って言ったんだけどな。しかも今日の放課後、急に。」
「何か考えがあるのかもしれないよ。もしくはコタロウのことだから、たまたまの可能性も捨てきれないけど。」
コタロウはあれから一度も学校へは来ていなかったのだが、今日突然連絡を寄こしてきた。時間と場所をきちんと決定して、その用件だけをポツンと。あのコタロウだとしても、ここまで報連相がおかしいと、あいつに何かあったという疑いを持ってしまう。秘策のことも聞けず終いだし......もうリトル男はどうでもいいか。今はリトル男よりあいつの心配だ。あいつがもしリトル男に会い、最悪な事に既に遭っていたら。私達もあいつに会うということは。あぁ、最悪な事が、月に照らされながら歩いてくる。眼前に、迫って来る。
「無情おほぬ明日ねをゆずつあぼあぬ夢ね砕えりら」
「おっ、二人もうそろってるか。実はな、なんか学校側から停学受けちゃってよ。でも、ほらこれ、俺の秘策だぜ」
最悪な事が、薄く引き裂かれて空気中に散布する。なんだ、やはり私の考え過ぎか。コタロウはいつも通りの何も考えていないような、人生楽しそうな顔をしていやがる。このイライラも、今日にいたっては安心材料であった。
「秘策!やったわね!これでリトル男に一歩また近づいた!残念だったねシズク。これでこの案件は続行だね」
「いや、リトル男はこれで終わりだ。この秘策で、リトル男の謎が解けた。ほら見てみろ」
「無情おほぬ明日ねをゆずつあぼあぬ夢ね砕えりら」
そう言ってコタロウはカメラを取り出す。コタロウの秘策。このカメラだったのか?意味をくみ取ることが難しい。ここは何も考えず、おとなしく見てみるのが賢明な判断だろう。
コタロウがカメラを起動して、録画を再生する。その録画はこのカメラで撮ったにしては粗すぎる画質で音声もノイズが多かった。最初は真っ黒な画面で声のみが聞こえる。
「──もう日没か。これで見学は終わりだね。じゃあ帰ろうか」
そういう文言で始まった数時間に渡りそうな音声。こいつの技術力は、既に諜報活動にすら使えるレベルになっていた。本当のレジスタンスだな、これ。
「無情おほぬ明日ねをゆずつあぼあぬ夢ね砕えりら」
だけどその録画はしっかりと編集されていて、私にその気づきを与えただけで、その録画は切り替わり、次に映っていたのはヨーゼフさんともう一人の男(インクヴァルトとヨーゼフさんが呼んでいる)、そしてLABの光景だった。
「お疲れ、ヨーゼフ。どうだった?見学者は」
「そっちこそ、僕の代わりに仕事やってくれて助かる、インクヴァルト。......そうだな。夢と希望を持ったいい子たちだったよ」
「そうかい。俺の予想は外れだな。反乱分子かと思っていたんだが」
「僕も最初は思ったさ。LAB00も行きたそうにしていたし、なにか、この施設の闇を知っていたような口ぶりだったかも......。いや、これは僕の考え過ぎだ。何もないいつも通りの見学さ」
「無情おほぬ明日ねをゆずつあぼあぬ夢ね砕えりら」
「まぁ、その子達がもし俺の予想通りの人間だったら、考えただけでも恐ろしいな」
「その時は僕が何とかして思考操作だけにしてみるよ」
「お前にしちゃ珍しいな。いつもなら、何食わぬ顔で排除するのに。ほら、二年前の
「その話はもうやめてくれよ。恥ずかしい黒歴史だ。今回の子達は自分なりに色々考えてるんだ。そして、僕達が、背いてきたことに向き合おうともしている。だから、
「無情おほぬ明日ねをゆずつあぼあぬ夢ね砕えりら」
「お前は本当に口が軽いな。その子達が反乱分子なのバレバレだぜ」
「僕の戯言だ。あの子達が実際に言ったことを、僕以外は聞いていないんだから。本当だとしても裁けやしない」
「そうかいそうかい。その子達の意欲が十分に伝わってきたよ。なんてったって、こういうことを初めて実行に移したのはその子達、もとい君達だけなんだから。ごめんね。ヨーゼフは優しいけど、俺は優しくないんだ。これが、仕事だからね。ヨーゼフ、とりあえずこの子達全員の思考操作を頼む。俺も今回はお前に免じて許してやる。早急にな」
「分かった」
「無情おほぬ明日ねをゆずつあぼあぬ夢ね砕えりら」
録画はインクヴァルトと思わしき人間の顔面が大画面に映し出されて終わった。言葉が出ない。静かすぎる校庭では、最悪な事が耳元ではっきりと呟いている。恐ろしい、時報を。
「無情君の明日はあらず逃亡の夢は砕かれる」
これは、真実にたどり着いたわけでもなく、謎が解明したわけでもなく、後悔するわけでもなかった。淡々と告げられる死刑宣告。それに私は何も考えることは無く、ただ、受け入れてしまったのかもしれない。後悔がなく、一番残酷な新しい道でもあったと私は思った。
「無情君の明日はあらず逃亡の夢は砕かれる」
──しばしば長い静寂に襲われたが、それを打ち破ったのはいつも通りのコタロウだった。コタロウはあの録画を見てもなお、顔色一つ変えずに淡々としゃべり始める。
「これで俺はリトル男の真実にたどり着いたんだ。それは、俺達の予想をはるかに凌駕し、はるかに下回る真実だった。この帝都はリトル男と指導者によって庇護され、破壊され、再生され続けている。勿論指導者とリトル男は協力的な関係だ。だが、リトル男自身は非協力的だがな。LABとその地下に、リトル男は無数に存在している」
「無情君の明日はあらず逃亡の夢は砕かれる」
「そしてリトル男は、マナーが分からず、行動が分からず、言語が分からず、生きるすべが分からない。指導者は彼らを利用することにした。決して無知蒙昧さを悪用したわけではない。無知蒙昧はリトル男が望んだ結末なのだから」
「善き事の為に為せ」
「そして、リトル男のネゲントロピーは酷く強靭だ。だがしかし!私たちのエントロピーは気を熟した!蛾と金属片がホルムアルデヒドを纏い天と地を舞い、黒猫は産声をあげている!私の頭の中を血漿が食い荒らし、フォッケウルフが君たちの喉元を掻っ切り悔い荒みながら堕落する!無情なパラノイドは、蟻の大軍を踏み潰しながら躍るリトル男がパラノイアに変えて遊ぶ!そうだ!君たちにリトル男の正体を教えよう!リトル男の正体!それは、それは、それは一体なんなんだ?あぁリトル男、繧ウ繧繝ォ男、そうだ!彼らはソレノイドだ!彼女はミューズだ!リトル男は来たる大戦争を穿つための最終兵器!私も最終戦争の準備に取り掛からなければ!ハハハハハハハ!私の神風と地雷原が、鉄塔とlabを破壊し尽くし全世界数十億の青春を呼び起こしてくれよう!さあケミカリスト達よ、パレードを始めるのだ。一心不乱の全力疾走!ヒエロニムスのエロプティック・エネルギーでゼウスフォンを響かせ、
そう言ってコタロウは校庭から走り出し、校門を抜けようとする。あぁ、リトル男の正体。
......そんなことだったのか。何も大したことないではないか。結局戦争も関係なければ、LABも、鉄塔も、帝都も関係ない。これの為に私達は何日もかけていたのか。はぁ心底ばからしい。リトル男は誰もが知る安全で、なんら関係のない存在。私達はリトル男をひどく大層な存在と勘違いしてしまったようだ。予想を超えないいつものパターンだ。
「えっ?なんだそんなこと?コタロウ!リトル男の正体は分かったけど、じゃあ行方はどこなの?それも分かるんでしょ」
アヤノが走り出したコタロウを見事に捕らえてそう問いただす。コタロウは興奮していた表情から打って変わって、興ざめしたように疲労混じりの顔を浮かべて語り始める。
「あぁ、リトル男の行方?そんな空虚なこと。彼らはイオでスプリントしているさ。地球の地平線を明るく照らす、太陽の王子様なのだよ彼らは。神を超え、使役する。神が死んだ現在も。私達は彼らに悠々と跪き、異臭を放つリバティを享受せしめることが秩序なのかもしれん。それは指導者も、例外なくだ。ふふ、指導者はそれをさらに使役するか。さあ。私はこれから、この帝都とのランデブーの為に全ての軍事力を結集しなければならない。我がカミカゼがもう一度舞い上がり、八咫がライヒシュタットをむさぼり食らうのだ」
コタロウは制止を振り切り、そのまま帰って行ってしまった。行方も何ら関係のない、近場であり3千里探した割には数百歩先程度。時間の無駄を噛みしめて、寒空の中アヤノと立ち尽くす。
──いくばくか時間が経った後、リトル男の事、帝都の事、何故校庭にいるのかも曖昧になりくだらなさに反吐が出始める。
「もう、帰ろうか。」
そう告げて、アヤノと共に荒廃した放棄地を歩いていった。鉄塔を見てぼーっと歩く。何も考えることなく、何も聞こえず、赤くなった耳がかじかみで痛くなりながら、歩き続けた。
いつだか、時間も曖昧になった夜。月は既に明るさを失い、雲に飲み込まれそうになっているような、そんな夜。
静かに、だが、確実に蠅のような、蜂のような羽音が聞こえる。そして、大地を踏みしめる、虫の足音もどこかから。
それは、国から見捨てられ、見放された放棄地から出でて、過剰な”何か”を背負い迫る。数十機の「カミカゼ」と、全長数メートルの無人機「空雷」。そして、何かを、誰かを乗せた「八咫」が、放棄地を飛び回る。彼らは八咫を先頭に何かに向かって一目散に飛行する。
彼らは郊外に入ったとき、カミカゼが何かを散布する。液体のような、ガスのような、そんな何かを。後ろを追従する空雷がその液体に、火をつける。明るく艶美な炎を付けて回る。八咫は何もせず、速度を上げた。
そして、中心街に入ったとき、空雷が八咫と平行に飛行し、カミカゼは急降下を始める。カミカゼが、そびえ立つ鉄筋コンクリートにぶつかる、そして燃えた。空雷と八咫は速度を上げて鉄塔に、ぶつかった。
郊外が燃え、鉄筋コンクリートが崩れ、鉄塔が中央からひしゃげて曲がっている。
その様相は、まるで世界大戦のようであった。
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