リトル男の干渉

 はぁ、最悪の目覚めだ。何やら頭の中で、指導者の声がこだましているような感じがする。それ以外にも、お風呂に入らずそのまま落ちてしまったことも原因だろうが、掃除というのは中々骨が折れることを、今しがた知った。とにかく今のままでは、学校で病んでいると思われてしまう。そう思い、多分両親のどちらかがかけてくれたであろう毛布を剥いで、落ち着かないほど小綺麗な部屋から、小汚い私は浴室まで歩みを進めた。


 あっ、ここからは見せられないぞ。少年少女達。


 ──この時間帯であれば、早めに学校に行くことを断念する代わりに、身も心も綺麗になれるのだと知ることができた。そう思えば、夜遅くに寝落ちというのも悪くない。早寝早起き以外でも、時には三文以上の徳を得られるのだ。結局ことわざというのは、古来の人間が”一般的”に言えることを後世に残しただけだ。内容は薄い。

 さっぱりした気分で、着替えを着々と進め、髪を乾かす。こういう時に短髪というのは便利だ。アヤノの艶のある長髪はさぞかし、めんどくさいはず。

 結局、ご飯(いつもの冷めた携行食)を食べ家を出たのは、いつもの20分後を位置していた。


 あぁ、今日という日はあまりいい日ではないと思う、そんなスタートを切ってしまった。この時点で三文は損しているだろう。

 カスミンに呼び出しを食らってしまったのだ。私とカスミンの関係値はそんなに無い。担任と生徒という普通の関係。

 例えるならば好感度ランク3ぐらいだ。ここから好感度を上げるためには、筋金入りの度胸をもってして、メイド家政婦に電話をかけなければならない。

 まぁ、その、なんだ、つまりは不可能という事で、実際にカスミンが家政婦やってるとか、私に下心があるとか、そういうことでは無い。断じて。

 そんなこんなモヤモヤしながら、カスミンの指定した部屋に着く。無事到着。指定されたのはカスミンの使う生徒指導室だ。正確に言えば、書庫だけれども。その書庫の古びた引き戸を開ける。キィィという鋭い音を奏でながらゆっくり開く。あぁ、いた。出来ればいなかったら良かったのだがな(すぐ帰れるし)。

「カスミン......カスミ先生どうしたんですか?急に、またオレ何かやっちゃいました?」

「シズクさんって俺呼びでしたっけ?」

「あぁ、えと、違います。すいません」

 カスミンの雰囲気を感じ取るに、あまり急務ではないようだった。いつもの優しい感じ。しいて言うならコタロウに注意しているときぐらい。良かった。停学とかそういう本気マジな奴ではない。それならばさっさと終わらせるか、好感度でも上げてみるか。カスミンとの視線を外さずに、埃を被った椅子に座る。

「私に呼ばれた理由、分かりますか?」

「さぁ?そんないかにもな言葉言われるようなことは、何も」

「そうですか。であれば単刀直入に、忠告します。オカルト部での活動、即刻止めた方がいいですよ。最悪な事にならないように」

 なるほど、それはいかにもな言葉を言われてもしょうがない。なんてったって私でも止めた方がいいと思ってるんだもん。でもアヤノともう一人が止まるわけがない。無理なご相談だな。

「なぁんだ。そんなことですかカスミ先生。それなら私に言わないでアヤノとかに行ってくださいよ。私にもどうもできないんですよ。しかも私は関わってないですし、どんな活動やってるかもあんまり。というか、その最悪な事っていうのは?詳しく聞きたいですね。例えば、うーん、嫌なこと言いますけど、人が死ぬとか」

「......。最悪な事はあくまでも誇大的な発言です。変に驚かしてすみません。忠告はアヤノさんにも言ってみます。コタロウ君には昨日言っておいたんですけど、」

「アイツは聞いてないと思いますよ」

「知ってます」

 そこで話は一区切りして、特に話が進展することもなく、終わった。好感度もランク3のままだ。結局何の時間だったのか。教師との面談は損でしかないと、そういつも思う。


 私はいつも11時頃から覚醒して活発になるのだが、この時間帯になって初めて朝の出来事を考え直した。そう、あの三文損の出来事だ。あの面談で分かったことが一つ。そして分からないことが二つ三つ、もしかしたらもっと多いかもしれない。私は頭脳が大人なわけでも、祖父が名探偵でもないのだから、そんなすぐには分からない。ただ、整理することは自称迷探偵の私でも出来るはずだ。さぁ、始めてみようか。ええと、RE:ゼロから始める、思考cogitationだったっけ?コタロウの発言って。

 まず、分かったこと。アヤノにリトル男の話題を振られ、話をそらしたのはカスミンだろう。リトル男について知っていて、アヤノがそれを調べ始めたため、私達に忠告をした。今作り上げた創作だが、大体同じだと私が勝手に決めた。後でアヤノに聞いてもみよう。

 そして、分からないこと。なぜカスミンが忠告したのか。そんな事を疑問にしてしまっては何もわかっていないと思われるが、安心して欲しい。何も分かっていない。カスミンはリトル男の存在と脅威を知っていた可能性があり、関係者であるかもしれない。ただ、その論を通していくと辻褄が合わなくなる。なんてったってリトル男は最低でも105年前から66年前の人間(人間かどうかも既に怪しい)だ。それを現代人で国語科のカスミンが知る余地はない。

 あれ?こういう時は断言しない方がいいんだっけ。うーん、まあいいや。そしてもう一つ、最悪な事とは何かだが、カスミン曰く誇大発言だと。だけどあのおかしなは変だった。芸人がネタを飛ばした時のと同じぐらいの間。思い違いじゃなければ、カスミンは何かを隠している。忠告しているのにもかかわらず。もし最悪な事を隠しているなら、それが一番の疑問だ。人の生き死に、ましてや生徒の命であれば隠す必要などない。であればリトル男は様々な利権が絡んでいる。命よりも尊い利権が。おっと、また断言してしまった。これではずっと迷探偵だな。

 ──ふむ、さんざん悩んだ挙句悩みが増えに増えたが、これを持ち寄ってみるか。ただ、問題はLABとの関係があるかどうかだよな。もしリトル男とLABの関係が存在すれば、自ずとカスミンとLABとの関係も分かる。綺麗な三段論法が成り立つのだ。辺境の高校の一教師がなぜ?という未解決問題を残して。あぁ、また謎が増えた。これでは迷宮入りだ。名探偵の道は遠いな。いや、名探偵など目指していないのだが。

「おいそこ!ちゃんと話聞いてるか!窓ばっか見て、黄昏てる時間じゃないぞ!」

「はい、大丈夫です。ちゃんと話聞いてません!」

「そうか!それは感心だ。授業続けるぞ!」

 結局謎の三文損のままだった。


「さぁ!コタロウ、進捗カモン!」

「お前の切り口それしかねぇよな。待てよシズクがまだなんだし。そもそも、お前の前が見えなくなるいい性格どうにかしようぜ」

珈琲と茶菓子を持ってきて、「珈琲どうぞ」と紳士ばりのおもてなしをしてみたが、効果はなかった。というよりコタロウは普通に通じなく、アヤノは何故か落胆していて、聞いていないようだった。

「さぁシズクも来たことだし、鑑賞会としますか。と言っても中なんて見れないから外だけだし、そんな収穫は無いな」

 そう言ってカメラの映像をテレビで上映する。確かに映っていたのはLAB周辺と鉄塔、それを舐め回すように撮っていた。30分ほどの空中深夜徘徊だ。音声はノイズと22時の警告音が鳴り響いている。

「ほんとになんてことない動画ね。やっぱり中を見れないとどうも.....。LABに入って来る人しか見れないじゃない」

 確かにそうだ。これだけ見れば何でもない、何の収穫もない動画になってしまう。ここでこそ名探偵の出番だろう。迷探偵だけども、しかも自称。

 こういう時、探偵というのは気づかないことを気づくのではなく、一般的な出来事に気づきを増やす事をして解決に向かうのだ。ならば私はアヤノの言った小さいことを広げる考えを、享受しなければならない。例えば、

「22時以降になんでLABに出入りするんだ?しかも左のLABにだけ」

「確かにそうだ。今見ただけでも10人以上はまばらだがLABに入っていった。だけど、これはリトル男に関係あんのか?まだLABとリトル男の関係が決まったわけじゃない。やっぱりこれだけじゃ分からんな」

あぁ、ダメでした。やはり私は迷探偵、いや、ただ迷ってる人だ。クソ、中さえ見れればな。

「LABって内部見学なかったっけ。私、中学の時見学したことある気がする」

「そうなの?私、五分前に生まれたから分かんない。それなら普通に見学がてら職員にでも聞けば、」

 コタロウは既に見学ができるかを調べ、アヤノは私の文言にクエスチョンを浮かべている。どうも私はコアな学問を知っているようだ。いや、他二人が興味ないだけの可能性の方が高いな。ちなみに私は世界五分前仮説論者じゃないぞ。ギャグだ、ギャグ。面白ジョーク。

「うーん、見学は出来るけど、日時はこっちで決められないな。あっちからの返信待ちだ。見学までは調査凍結だな」

「じゃあ、もうお開き?せっかくの青春イベントなのに。私悲しい」

「青春イベントにしては私の労力多めの、青春とは程遠いオカルトホラーだけど.....。──ああそうだ。アヤノの話をそらした先生ってのはもしかするとカスミンなの?」

 アヤノは......。多分こいつ覚えてないな。そういう顔してる。自分の発言には責任を持って欲しいものだ。サンダーバードの案件も現地人に任せたのか?本当に。

「やっぱり何でもない。今日カスミンに忠告されたんだ。リトル男を探るなって。こう言うということは、何かしらカスミンがリトル男と関わってると思ったんだ」

「それは俺も言われたぞ。なんとなく、意味ありげに止めろと言われた。カスミンの素性を調べるのも悪くないな。アヤノに任せてもいいか。ゴシップ好きだし、すぐに何かつかめるんじゃないか?」

「分かったけど、なんか、どんどん迷宮入りしてるみたいな感じ。これじゃ、何も分かんなくなりそう。まぁ調べてみるよ。どうせカスミンも、私に忠告してくるだろうしそこで」

「じゃあ一旦これでお開きか。これからはカスミンの動向と、LABの潜入。見学の日程が決まれば教える。じゃ」

 二人がそのまま立ち上がり、玄関に向かっていく。そして特に何もなく、二人が帰っていった。私は空っぽのおもてなしの残骸を片づけつつ(どうやら好評だったようだ)、考えてみる。基本的なことに立ち返って。RE:ゼロから始める思考cogitationのスピンオフと言ってもいい。

 実行する前は大層なイベントだと思っていても、所詮実態は予想を超えず、このイベントも思ってたほどではなかった。そして進捗も思ってたほどではなかった。どう頑張っても、机上の空論から抜け出せないから進まないのだ。それこそリトル男の謎が完全に分かるのは、三現主義に基づく、”最悪な事”が起こった後だとも私は思ってる。それだけリトル男が不明瞭かつ危険で、帝都がひっくり返る何かを持っているのかもしれない。もしくは誰もが知る安全で、なんら関係のない存在。ありていに言えば誰かの悪戯おふざけ。それを私達(カスミンも含めておく)が大層な存在と勘違いしている、そのどちらかだろう。リトル男は。


「────」

 名探偵は点と点が線になるとよく言うが、今のところ、迷探偵によって点が途方がないほど乱雑に増えている。集合体恐怖症が見れば発狂するに違いない。なんせ自分でも怖気づき始めているのだし。しかもその乱雑な点が線になることも、一つの大きな事実になることも今のところ見えやしない。これも結局お蔵入りして終わりになりそうだ。

「地ろ踏ほ鳴ゆこ んただたぬ民ろあち」

 ただ、今回に至ってはLABの潜入という、部活にしては行き過ぎな行為に踏み込んでいるようにも思える。見学なんて学校全体でやるものだろう。それをたかが三人で。今回の案件は私含め、全員が狂気的にリトル男を追っているような気概も感じている。恐怖を感じることもなく。

「地ろ踏ほ鳴ゆこ んただたぬ民ろあち」

 もし、これが、誰かの悪戯であれば、この数日もといこれからの数週間程度は水泡に帰す訳だが、それは果たして悪い事なのか?オカルト部的には悪いが最悪な事が降りかかるとき、多分、絶対に、悪戯ならばどれほど良かっただろうかと悔いてしまうと思う。

「地ろ踏ほ鳴ゆこ んただたぬ民ろあち」

 もしくは、恐怖のタガが外れた今、何が起きても、私達は何食わぬ顔をしていつも通りの日常を送るのかもしれない。たとえ誰かがいなくなったとしても、その人を忘れ去り楽しい楽しい日々を送るかも。そうなってしまっては私達はもう人間ではないのか?それか、それがリトル男を探した人間の末路、

「善き事の為に為せ」

 私達は既に、恐怖を忘れ、Unknownなリトル男を探り、指導者に楯突いている、逸脱の民となっているのかもしれない。

 瞳を閉じ、迷探偵特有のありもしない空想劇を考えながら、少しづつ意識が遠のいていく。欲には勝てないのが人間の性だ。

 ならば、私は......まだ、人間なのだ。

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