第25話 エピローグ

開けた広場の中央には桜の木が一本植えられていた。

まだ年若い桜の木だが、今年も変わらずに色の濃い花を咲かせている。

桜を見上げながら一人佇む彼は、またこの季節が来たのだと、遠い過去の記憶に思いを馳せた。

決して忘れることの出来ない。いや、忘れてはいけない大切な記憶。

彼は桜の木から視線を巡らせる。

その視線の先にはいくつもの石が並べられていた。

それが墓石だと言うことは、この里の者であれば誰もが知っていることだ。

しかし、彼以外に此処を訪れる者は限られていた。

此処が、里の者たちにとって一種の聖域になっているからだ。

そう。此処に眠る者たちは、この里を代々守護してきた者たちなのだから。

彼は墓石に柄杓で水をかける。

それから右手だけで拝む。

彼には左腕が無かった。

着物の袖で隠れて見えないが、彼の左腕は肩から下で無くなっていた。


「宮司さま~」


ふと、彼を呼ぶ声が聞こえた。

彼が振り返ると、社へつながる林の出入り口に少女が立って手を振っている。


「どうしましたか? 一二三ひふみ

「えっと、そ、そのですね。お帰りが遅かったので、何かあったのかと……」


穏やかな表情で問い掛けた彼に、一二三はもじもじしながら返答する。


「すみません。少し昔を思い出していまして……。戻りましょうか」


彼は柄杓の入った桶を持つと歩き出す。

一二三がパタパタと駆けて来て、彼の手から桶を受け取る。

彼は穏やかな笑みを浮かべると一二三の頭を優しく撫でた。

一二三はくすぐったそうに目を細める。嬉しそうに、だけど少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて。

二人は林を抜け社殿の裏手へと戻って来た。

本来の主を失った後も、この社は領主の意向を受けて維持されている。

そして、彼は領主からこの社の維持を命じられていた。

それは、彼自身が願い出たことでもあった。

彼は、この社の主である上代家と深い縁があり、同時に神術を扱うことが出来たからだ。

故に、上代家最後の血筋がこの里を去ってからニ十数年、彼はこの社を任されてきた。

最初こそ隻腕で宮司が務められるのかと訝しげに見られていたが、今では里の者からも認められるようになった。

だが、そもそも彼は里の者の目など気にしていなかった。

彼の願いはただ一つ。

何時か――おそらく、それは彼が生きている間には叶わないことなのだろうが、それでも、何時かこの里にあの人が帰ってくる時まで此処を残したいと。

同時に、それは彼の贖罪なのだ。

何も出来ずにただ逃げ出し、自らを死んだことにして別れすら拒んだ彼にとっての贖罪。


「宮司さま? そのお顔の色が優れないようですが……」


心配そうな表情で一二三が彼の顔を覗き込んでいた。

どうやら過去に思いを馳せるばかりに険しい表情になっていたようだ。


「大丈夫ですよ。――それより、その呼び方は何とかなりませんか?」

「で、ですが、里のみんなもそう呼んでいますし、私だけというのは……」

「うーん。一二三は家族のようなものですし、名前で呼んでも全く問題ないと思いますが、そもそも此処に来たばかりの頃は――」

「あーッ!? だ、駄目です。あの時は、まだ、その、馴れていなかったと言いますか……、なんと言いますか……」


昔のことを掘り起こされるのが嫌なのか一二三は抗議の声をあげた。

実際、一二三が此処に来た当時は、彼に対してつっけんどんな対応だった。

それを思い出した彼は思わずクスリと笑ってしまう。


「あううう……。わ、わかりましたッ! いづな様! これでよろしいですか? って、なんで笑ってるんですかッ!? ――そんなに笑うなら今夜のおかずを減らしますよ!」

「ハハハ。それは困ります。ですので、機嫌を直してください」

「む、むぅ……」


そうして、賑やかな二人はそのまま母屋の中へと消えて行った。


***


その後、いづなは天命を全うするまで社を守った。

その役目は子孫へと受け継がれていくことになる。

いつの日か帰還するだろう彼女のために。

ただ、その思いが結実するのは、千年以上後となるのだが、それを知るのは彼女とその友だけである。

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運命に翻弄される少女と心を壊した男の子の物語 @shinori_to

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