第6話 銀と紅のハイウェイバトル その2
「やっと配達終わったぜ~~!」
男は朝陽が照らす磐越自動車道を、商売道具である【いすゞ エルフ】で快走していた。
『一晩で弘前までだろう?あの社長人使い荒いんだよ!俺なんか今、下関だぜ!』
エアコン横に取り付けたスマートフォンのスピーカーから、同僚のくたびれた声が聞こえて来て、男は苦笑した。
「金払いは良いから文句は言えないよな~~!田中のヤツなんてまだ独身なのに家建てちまったし!」
『……実は俺もテレビ買い換えたんだよな。嫁と娘がよ……大画面でブリッツ・ヴァルキリー観たいって言うからよ~~』
「そーいやウチの嫁も車欲しいって言ってたな~~」
『何欲しいって?』
「フェラーリ!」
『ブハッ!幾ら稼ぎ良くてもフェラーリは無理だろ~~っ!』
「ミーハーなんだよ!
男は大袈裟に笑った。
夜通しの運送作業で疲れていたため、若干ハイになっていた。
しかし、そんな徒労ももう終わる。
営業所に挨拶をして、タイムカードを切れば、三日間の連休だ。
愛する妻と一緒に、録り溜めたブリッツ・ヴァルキリーの予選を観るのだ。
さあ、もう一踏ん張り。
男は眠気を覚ます為、サービスエリアの自販機で買ったコーヒーを一気にあおった……。
――――――!!!!
瞬間、エキゾースト音の二重奏が、男の鼓膜を震わせた。
「ぶーーーーッッ!?」
口内のコーヒーを一気に噴き出してしまった。
男は吃驚した。
「…………!?」
『なんだ!?どうした!?凄い音が聞こえたぞ!?早朝暴走族か!?』
同僚の通話に、男は応えられない。
眠気なんて、一気に覚めた。
ほんの一瞬の出来事だったが……。
コーヒーで汚れた、エルフのフロントガラスの向こう側に。
銀と紅の、車の残像が、まるで幽霊のように、ぼやけていた。
あれは……。
あれは……!
「NSXとフェラーリ……!?バトルしてるのか……!?」
付いて行きたい好奇心を必死に抑え、安全運転を心がけて、男は震えた声で――
「と、鳥肌が立ったぜ……!」
※※※※
大気を震わす、V6エンジンの咆哮。
朝の磐越自動車道を、NSXは法定時速内で爆走する。
そして、それを猛烈に追走する、真紅のラ・フェラーリ!
「…………!」
紗々はアクセルの踏み込みと惰性走行を織り交ぜながら、NSXを法定速度ギリギリで操作する。
路面上を風切って駆けるNSX。
猛烈なスピードだが、スピードに酔いしれているだけのそこいらの暴走族とは違い、紗々の走りは極めて安定している。
速く、そして美しい挙動。
風景が、瞬間的に後ろへと流れて消える。
前方に、いすゞのエルフが迫る。
一般人に迷惑を掛けるヴァルキリーは
紗々は直ぐ様ウインカーを出し、追い越し車線へ入り、エルフを追い抜いた。
――驚かせてしまったかしら……!
紗々はハザードランプを炊いて、エルフの運転手に非礼を詫びた。
――――!!
瞬間、紗々の視界右端のサイドミラーに紅い軌跡が迸った。
ラ・フェラーリだ。
NSXとは違い、やや乱暴に……!
車間すれすれ、巻き上げるようなワインディング走行でエルフや他の車を追い抜いたラ・フェラーリは、追い越し車線を走ったまま、驀進するNSXの右側にピタリと張り付く。
「……!」
『……!』
国産車のNSXは右ハンドル。
欧州車のラ・フェラーリは左ハンドル。
紗々と、しのぶ。
ここで、二人の
「あ、貴女は……!」
紗々は驚いた。
対してしのぶは、金色のポニーテールを掻き上げて、ニヤリとふてぶてしく笑う。
NSXとラ・フェラーリは並列しながら、一糸乱れることなく疾走する。
まるで、二台が最初から一台の自動車であったかのように。
この光景には、偶然その場に居合わせた、幾人もの
法定時速に押さえつけられた、紗々としのぶのドライビング・スピリッツが、拮抗していたのだ。
※※※※
「へぇ、やるじゃん……!」
並走し得ている銀灰のNSXを、しのぶは素直に感嘆した。
法定時速内とはいえ、チーム『ナイトミラージュ』の
――虫も殺せないような可愛いツラしてるモンだからビビり散らすかと思いきや……ノリ良いじゃないか!チョコレート女!
しのぶは、もう少しバトルをしていたかったが……。
もうそろそろ、交通量が増える時間帯である。
――ちょっと話、しようぜ?
紗々に向かって、前方上空に深緑色で誇示する、サービスエリアの標識を指差した。
※※※※
――休戦って、ことです?
しのぶがサービスエリアの標識を指差したので、紗々は右手の親指と人差し指の先端を合わせて円を作り、承諾のサインにしてしのぶに示した。
しのぶが頷く。
ラ・フェラーリが減速する。真紅のマシンはウインカーを点灯させ、滑らかに車線変更をして、NSXの背後にくっついた。
いきなりのハイウェイバトルが、終わる。
――これで……おしまい?
紗々は、少しばかり物足りなく思ったが、仕方がない。
「コジロー、付き合わせてごめんなさ――」
サービスエリアへの進路に侵入しながら、紗々は助手席の小次郎を見た。
「……………………」
いつの間にか、小次郎は白眼を剥いて失神していた……。
つづく
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