第40話 規則と命令
「おっちゃん……?」
思わず目を逸らし、もう一度見る。
小さな体躯、人の良さそうな顔、氷を足に落としてもいいように履いている安全靴。
間違いなく彼だ。
ベルナルドの体は勝手に動き出していた。
だがその肩を掴まれ、制止される。
「よせ!」ヴァレリアが手の力を強めながら言った。「落下の衝撃で頸椎が折れている、彼はもう……」
「ふざけるな!」
それでも彼は足掻いて、店主を救いに行こうとする。
周囲の記者たちが餌を見つけた、とばかりに群がって来た。
ヴァレリアもいよいよ両方の手で彼を抑えなくてはならなくなった。
「冷静になるんだ、ベルナルド……! 本官も望んではいなかった。だが陛下のお決めになったことで――」
脱力した彼は、ゆっくりとヴァレリアの方を振り返った。
その目には驚愕と、失望が浮かんでいる。
徐々にそれは怒りを帯びていった。
「知ってたのか……? 処刑のことを。知ってたんだな……!」
長い間見ていなかったベルナルドの敵意に晒されたからか、ヴァレリアは臆したかのように、その手を離した。
だがすぐに思い直したのか、もう一度手を伸ばしてくる。
「聞いてくれ、本官は」
その手をベルナルドは、拒絶した。
「――触るな!」
パン、と乾いた銃声のような音が響いた。
「『望んでいなかった』だって? 本人を前にしてそれが言えるのかよ……!」
ベルナルドは絞首台を指さして言った。縄はもう揺れていなかった。
命の脈動は、微塵も残っていない。
「……処刑については、知っていた」彼女は言った。「だが、黙っていた」
「どうしてだ、ヴァレリア。あの人には俺もお前も世話になって――」
「だからだ」彼女に遮られる。「本官たちが密会するのを助けたからだ。国益を無視した、国家反逆の罪に、彼は問われた。そして帝国が
ベルナルドは反論の為に口を開きかけるが、ヴァレリアはかぶせるように続けた。
「本官も処刑の件を知って……出来ることはした。だが上の決定は覆らなかった」
「でも、俺に黙ってた」
「言えばお前は、先ほどのように助けに行こうとしただろう。だがこれは帝国の司法の問題だ。部外者に口を出す権限など認められるはずもない。
もし乱入して助けようものなら、陛下は本官にこう命じただろう、ベルナルドを殺してでも止めろ、と。……本官は、それを受け入れるしかない。だから――」
広場に、彼女に背を向ける。
規則、規則、命令、命令。うんざりだ。
「どこへ行く」
「帰る」
「まだ、『恋思合』の途中だ」
「やってられるか。恋愛の真似事なんて」
ヴァレリアの息を呑む声が聴こえる。
「待ってくれ。し、知らなかったんだ。今日ここで処刑があるなんて……、……」
何を言えば良いのかわからないのだろう、追いすがる彼女の弱々しい言葉が、尻すぼみに消えていった。
「よく分かったよ――デスイエロ。どこまで行ってもあんたは、帝国の人間なんだな」
そして彼はその場を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます