第11話 デミアン大公

 ヤッスラの城の屋上に出ると、吹雪が降っていた。何もかもが雪に覆われてほんの寸分先も見えない。


 激しい風がドレスのスカートを巻き上げた。身を刺すような冷たさ。心臓までズタズタにしてしまうような……。


 ソフィアはハッとして寝室に戻った。デミアンがやってくる。あの恐ろしい悪魔のような男が!


「ソフィア、我が妻よ!」

 デミアンは寝室に入ってくるなり大げさな身振りでそう言った。


 ソフィアの顔がわずかに痙攣する。


「久しぶりに夫に会えたというのに、嬉しくないのか。まったく冷たい女だ。出迎えの抱擁も接吻もなし。ついこの間結婚したばかりだというのに」


「あなたが何をしたのか、聞いたわ」

 ソフィアが抱き寄せようとする夫の手から逃れて、低い声で憎しみをこめて言った。

「カーニヴァルの町で、踊り子の娘たちをさらって、それで抗議した町の男たちを皆殺しにしたんだわ!人殺しよ、人殺し」


「ああソフィア、ソフィア。何を言っている?お前は疲れてるんだ。混乱してるんだ。どうして俺がそんなことをする?なぜお前を怒らせるようなことをする?麗しい娘たちにも、カーニヴァルの町の男たちにも、一切手を触れていないと誓うよ」


 王妃はフラフラと寝台の上に腰かけた。恐ろしいのだ。この寝室では、まったくの無力だった。

「ごめんなさい。私、この頃疲れちゃって。どうにかしてたわ。怒鳴ったりして……本当にどうにかしてたわ……」

 

 ソフィアはそう言いながら片方の手で頭を押さえて、顔をしかめている。頭痛がしていた。痛みで頭が割れてしまいそうだ。手が発作的にガタガタと震えるのを、かろうじて抑えている。


「しかし、俺の可哀想な姪はどうなる?お前の可愛い娘は?奴らはさらっていったんだ。ソフィア、お前はわかるか、どんな奴らがさらっていったのか」

 デミアンが猫撫で声で言った。刺すような視線がソフィアに向いている。


「わからないわ。可哀想にあの子、路頭に迷っているのよ。馬鹿でなんにも考えないんだから。悪い男に捕まったらどうなるのやら……」

 王妃は視界がぼやけるのにも関わらず、壁の一点をつぶさに見ようとした。


 壁のシミ。前からあんなシミがあったかしら。前からってつまり、ヘンリーが、私の愛する夫が死ぬ前から。最愛の人がこの男に殺される前から。


「若いあの子は言いなりになってしまうわ。ねえデミアン、私たち、あの子を守ってあげなきゃ。正しい道への導いてあげなくちゃいけないわ」

 口が勝手に動いてしゃべった。


 一体肉体はどこへ行ってしまったのだろう?まるで痛み以外何も感じないみたいだ。


「そうだ。君の言う通りだ、ソフィア。だが問題はどこにいるのか見当もつかないところだな。どこにいるのだろう?要するに、誰のところにいるのだろうか」


 大公の含みをもたせた口調にも、ソフィアはもうあまり注意を払わなかった。それは現に脅しつけだったのだけれど……


 急に壁のシミが動いて、鮮明に見え出したのだ。娘が、プリシラがこの男に殺されている様子が……


「誰のところですって?」

 ソフィアは甲高い声で聞き直した。

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