短編集
かさかさたろう
第1話 犬ころ
師走も半ばすぎて、ほど寒くなった頃、街中で1匹の犬が私の前に現れた。みるからにやせ細っていて、あばら骨などは透けて出ていて、明らかに顔つきも疲れているようで、どことなく死が身近に迫っていることを自ら知っているような、そんな犬だった。
犬は私の方に一瞥すると、「なんだ、人間か」と言って、向こうへ去っていこうとした。私は驚いた。
私は「なんだ、人間か」で済まされるような人間ではないのだ。
私は政治家で、世間の注目を集めていて、私が一声するだけで日本中が動き出す。私の機嫌を損ねた者は未来に絶望を感じてしまって引きこもる。私はとても稼いでいるし、名声もすごいのだ。私の家にはいつも人が来る。私に媚びる者も沢山いる。私を慕う者も沢山いる。そして、私には金がある。ドブに捨てても構わないほどの、莫大な金がある。私はなにもかもを持っているものだ。なにもかも持っていない犬ころ風情に、「なんだ、人間か」と一瞥されていい存在ではないのだ。そう思って、向こうに歩き出している犬ころに
「お前は腹が空いてるんだろう。飯でも食わないか」
と余裕をみせるように言った。犬ころは少し立ち止まって、それからゆっくりこちらを向いた。私は、ほれみろこれだけで犬ころなんてのは喜ぶもんだ、と思って満足していると、振り向いた犬ころの顔が険しくてギョッとした。
犬ころは私を見て、なんだこの下等生物は、と言わんばかりの目をしていた。
そして、ポツリと「死に場所を求める」と言って去っていった。
「犬ころ風情が。野垂れ死ね」と私は叫んだが犬ころは見向きもしない。
死に場所なんざどこでもいいだろうと私は思った。
次の日の朝、同じ場所を歩いていると、犬ころは街路樹と道路を隔てたところに、うずくまって死んでいた。
安らかそうな寝息を立てるかのように死んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます