第22話アルヴィンの秘密

 


「それなら、俺が適任だと思うな。半年前から入った新参者で、特別な役職も持っていない上に、誰よりも優秀だ。これほどカルディアリアム伯爵の補佐官に相応しい人材は、他にいないと思うけど」


 自分でそこまで言い切れるのが凄いわ。まぁでも、自信があるのは良いことよね。


「……そうですね、アルヴィンは優秀です。きっと、フィオナ様のお力になると思います」


「イリアーナがそう言うなら安心ね。アルヴィンを補佐官にしても大丈夫?」


「はい」


 良かったわ、アルヴィンほどの優秀な方が手伝ってくれたなら、仕事もとても捗るというもの。ジェームズの負担も減らせるし、一石二鳥。


「では、先に失礼するわね」


 仕事の引継ぎもあるので、アルヴィンは一旦、役所に戻り、後日、カルディアリアム伯爵邸の補佐官として正式に就任される。

 家があるなら通いでも大丈夫と声をかけたのだけど、アルヴィンは住み込みを選択した。帰ったらジェームズにアルヴィンの部屋を用意してもらわなきゃ。


「これからよろしくお願いしますね、フィオナ様」


「ええ、こちらこそよろしく」


 私とアルヴィンは、出会った時のように、もう一度握手を交わした。





 ◇◇◇




 孤児院からフィオナが去ったのを見届けた後、カルディアリアム領の役所の馬車には乗らず、一人、違う方向に歩き出すアルヴィンの背中に、イリアーナは声をかけた。


「アルヴィン


「何かな?」


「フィオナ様をどうするおつもりですか?」


 さっきまでは付けていなかった敬称をつけ、まるで危険人物と会話しているように、気を緩めずに話すイリアーナの姿。


「お嬢様が心配かな? わざわざ大切なお嬢様を突き放してまで、俺から引き離そうとしたのにね」


「……それは……」


「大丈夫、責めていないよ。それだけ、君達がフィオナを大切に思っていることが分かったから」


「……確かに私は、お嬢様のことを何も出来ない気弱な箱入り娘で、領地の運営には関わらせたくないと言いました。でも、お嬢様は昔から、とても心優しい方です。それは何も変わっていません」


「今は全く別人だけどね」


 カルディアリアム領に来て、フィオナを観察して、イリアーナ達の言っていることは事実だとすぐに確認出来た。夫に捨てられたら生きていけないと、いつも俯いてばかりで、どれだけ酷い扱いをされても、文句の一つも言えない、気弱なお嬢様。

 だが、今の彼女はどうだろう。

 どちらかと言うと、一人でも余裕で生きていけます! と言わんばかりの強さがある。

 それどころか、ローレイ卿によって滅茶苦茶に荒らされてた事業の立て直し、カルディアリアム伯爵邸の管理、領地の運営――全てを一人で元に戻そうとしている。

 これを最早、同一人物と言えるのか? 別人だと思われても仕方が無い。


「お嬢様は、お嬢様です。私には分かります」


「そう」


 長い付き合いのイリアーナがそう言うのなら、そうなのだろう。実際、他の者達も彼女がフィオナだと認めている。


「お嬢様――フィオナ様は、今、立派なカルディアリアム伯爵になろうとしています。アルヴィン様、どうか、邪魔をなさらないで下さい」


「邪魔だなんて、人聞きが悪いな。俺は彼女の邪魔をするつもりは無いよ」


 これは本当、ただ、フィオナを観察するだけ。彼女が本当にカルディアリアム伯爵に相応しいのか――


「しっかり見極めさせて頂くよ、――だからね」


 わざとらしくそう言えば、お嬢様が大好きなイリアーナは、きつく俺を睨み付けた。

 それが面白くて、俺は薄く、微笑み返した。





 ◇◇◇



 カルディアリアム伯爵邸に帰る道すがら、お気に入りのパン屋に寄って行こうと立ち寄ってみたのだが、そこには私の顔を見るなり、子犬のように震えて怯え出すパン屋のおじさんが一人。


「フィオナ様! いいいい、いらっしゃいませ!」


「またパンを頂ける? 今日は皆の分も含めて、大目に欲しいのだけど」


「もう全部持って行って下さい! お金はいりませんから!」


「いや、流石にそれは……貴方も困るでしょう?」


「とんでもございません! ですのでどうか! 以前の無礼な発言をお許し頂けましたら――!」


 ああ、私が本当のカルディアリアム伯爵だと気付いたんですね。確かに、色々と言われたわね、お飾りの領主でいてくれればいい。でしたっけ?


「別に気にしていないわよ、言っていることは正しいもの」


 以前までの私なら、間違いなくそれが正解。私でもそう思うもの。


「いいえ! ケネディにフィオナ様のことを同じように話したら、それはもう、鬼のように怒られまして……!」


 あの優しいケネディに、鬼のように!? それは怖いな。


「シングにも、水をぶっかけられまして」


「シングにも?」


 シングからは相変わらず冷たい態度を取られていたのだけど、少しは私を見直してくれたのかしら?


「孤児院のために尽力してくれたと聞きました。フィオナ様を誤解し、舐めた口を利いて、申し訳ありませんでした!」


「……なら、お詫びに、ちょくちょく買い食いに来てもいいかしら? 私、ここのパンをとても気に入ったの」


「そ、そんなことで許してくれるんですか? 勿論ですよ! 好きな時にいつでも来て下さい!」


「ありがとう」


 これからはイリアーナに気兼ねせず自由に視察に来れるし、パン屋にも寄り放題! どうせなら他の店も色々寄って、カルディアリアム領を見回ってみたいわ。


 お父様が守り、これからは私が守る、大切な領地を――

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