異世界アイドル
james tlewin
第1話 始まりと終わりのアイドル
「みんなー!!今日はありがとう!!」
一曲目の終わりと共に徐々に明瞭になるステージに立つ彼女たちに何重にも重なった声援が届けられる。それは轟音となって大地と彼女たちの魂を揺らす。統率など取れていない各々の思うままの応援は、しかし、むしろそれがステージ上の彼女達をより鼓舞する要因になっている。
「正直、不安だった。来てくれるか、喜んでくれるか、笑ってくれるか、楽しんでくれるか。だからこんなにたくさんの人たちが来てくれて、こんなにたくさんの声が、みんなの真っ直ぐな気持ちが、笑顔が今はすっごく嬉しい!」
客席から種々の言葉が投げ掛けられる。
「俺たち楽しんでるよー!」
「私も来れてすごく嬉しい!」
「キャサリーン!!大好きー!」
「レイン様ー!!こっち向いて!」
「アキティー!!今日も歌最高!」
「ノマリ殿!!いつにも増してクールビューティー!」
「ムルゥちゃん!嘲笑してー!」
ステージ上の彼女達が世界の中心であるかのように、一つの劇的な物語の一部始終を目撃している生き証人たちは、彼女たちの作り上げる特別な空間に囚われ、もはや自力で抜け出すことは叶わない。ただその空間に身をゆだねるしかない。
観客の姿と声にキャサリーンはいちるのー!!今日はありがとう!!」
一曲目の終わりと共に徐々に明瞭になるステージに立つ彼女たちに何重にも重なった声援が届けられる。それは轟音となって大地と彼女たちの魂を揺らす。統率など取れていない各々の思うままの応援は、しかし、むしろそれがステージ上の彼女達をより鼓舞する要因になっている。
「正直、不安だった。来てくれるか、喜んでくれるか、笑ってくれるか、楽しんでくれるか。だからこんなにたくさんの人たちが来てくれて、こんなにたくさんの声が、みんなの真っ直ぐな気持ちが、笑顔が今はすっごく嬉しい!」
客席から種々の言葉が投げ掛けられる。
「俺たち楽しんでるよー!」
「最高だー!」
「私も来れてすごく嬉しい!」
「キャサリーン!!大好きー!」
「レイン様ー!!こっち向いて!」
「アキティー!!今日も歌最高!」
「ノマリ殿!!いつにも増してクールビューティー!」
「ムルゥちゃん!嘲笑してー!」
ステージ上の彼女達が世界の中心であるかのように、一つの劇的な物語の一部始終を目撃している生き証人たちは、彼女たちの作り上げる特別な空間に囚われ、もはや自力で抜け出すことは叶わない。ただその空間に身をゆだねるしかない。
観客の姿と声にキャサリーンは涙を浮かべる。その水晶のような瞳には、前世から夢に見た景色が映る。まさかここまで来れるとは彼女自身も思っていなかった。
「・・・っ。ごめん。感極まっちゃって。もう切り替えたから!」
そう言うと、世界中を虜にした笑顔で彼女は会場を一つにする。
「さあ!私たちのライブを始めるよ!!」
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「握手会、一人三十秒です。それではどうぞ!」
気が付いた時には、こんなような言葉に特別感を感じることも無くなった。十八歳から地下アイドルを始めてもうすぐ八年が過ぎる。思春期真っ盛りの小学六年生も大人の階段をいくつか昇り始めるまでに成長するくらいの月日をこれに費やした。夢に描いたものとはかけ離れていて、それでも憧れは尽きぬまま、ズルズルとここまできてしまった。
「三年間君を追ってきたけど、もうめちゃめちゃ寂しいよ」
「某はあなたが卒業しても生涯忘れることはございませんぞ!」
「私さ、これからさ、どうやって生きでいげばびいの!?」
今日をもって、私はアイドルを辞める。
卒業とか引退なんてよくある馬鹿みたいな言葉じゃ片付けられない無力さと後悔。きっとわたしの人生はこの期間がピークになるだろう。あとはどんなことをしようとも、常にやるせなさに付き纏われ、自分の愚かな選択、それを美化しようとする思考が頭のどこかにこびりつくのだろう。ああ、なんてあっけないんだろう。なんて惨めなんだろう。
「今までお疲れ様でした!」
よくある方便。
「お世話になりました!先輩!」
顔のかわいい後輩達のどれも似たような小さな感謝。
「あなたなら、どんな舞台でもきっと輝けるわ」
事務所の社長の嘘八百激励。
「寂しくなるなあ。私はいつでも、お前が同じ舞台に戻ってくるのを待ってるからな。」
唯一の先輩の、現実見れねえ馬糞みたいな意見。
「みんな・・・今までほんとにありがとう!大好き!」
夢の終わりということを意識すればするほどに、彼女たちの言葉が私の神経を逆なでる。ほんとはみんな本心で言ってくれているのなんて分かっている。それでもネガティブな思考になってしまう。そんな自分が心底嫌だ。
私は何をしていたんだろう。
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「すみませんでした。あなたの夢を叶える手助けを僕は完遂できませんでした」
今さっきアイドルとしての人生に幕を閉じた彼女のマネージャーである男は労いの言葉をかけた。もはやマネージャーという役割はその時点で消えてはいるが。
「あなたのせいじゃないわ。私の実力不足。それ以上でもそれ以下でもない。いや、才能不足の方が正しいわね」
彼女のこの言葉に嘘はない。本心からの言葉であった。
「それは違います!あなたには才能がありました。それを活かせなかった。僕が潰した」
男は、発してからその言葉が労りではなく自分のためのものだと気づき、口を噤んだ
「やめて。もう終わったの。だからいいのよ」
そんなことを言う彼女の顔は、明らかに暗い。
「いろいろ助けられたわ。今までありがとうね」
彼女の小さな声は、二人しかいない部屋の中で、余計に男の耳に届きやすかった。
返す言葉の見つからない男は、初めから部屋の景色なんじゃないかと思うほど微動だにしなかった。
「お疲れ様でした」
絞り出した言葉は、奥底にある無数の考えや思いを自覚しながらも、ありきたりなものになった。男は煮え切らない怒りのようなものを抱えていた。この結果は事務所のせいでも、まして彼女自身のせいでもない。自分のマネージメント力不足が招いた結果である、と思っていたが、まるで男に逃げる隙を与えないように彼女はそれを否定する。
「どうですか。奢りますよ」
男はお猪口を持つ仕草をする。それで紛らわすしかなかった。
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ライブ会場を出て彼女とマネージャーが向かったのは行きつけのバーだった。
「あら!いらっしゃい」
店のドアを開けるとベルに続いて、耳が心地いいと感じるほどの甘く優しい声色で、この‘‘Bar女神‘‘のママ、芽上ママが二人を出迎えてくれた。
どこの国の装飾なのかは全くわからないが、派手過ぎない店の中には入って右にカウンターがあり、彼女たちの席はいつもその最奥だった。小さな店だけどどこか神々しさすら感じる店内では、知らない国の、だけど妙に耳に残る曲が流れている。
「今日はどうしたのかしら?」
ここのママが好きで彼女たちはここによく来る。ママはいつでも彼女の悩みや不満を嫌な顔一つせず静かに聞いてくれた。そのうえライブ練習の歌や踊りを見てからファンにもなり、店から出れないからいつも個別にCDを三枚買ってくれていた。いつもかわいい柄の着物を着ているが、今日は珍しく白を基調とした眩しさすら感じる着物だ。まさに女神のようだ。
「私さ、やめたんだ。アイドル」
彼女がそう切り出すと、ママの持っていたグラスが落ちて割れた。その顔は、いつもの落ち着いているママからは想像もできないほど驚きに満ちていた。でもすぐに平静を取り戻し、いつもの柔らかな表情になった。
「ごめんなさい。驚いちゃって。すぐ片づけるわね。とりあえず何にする?」
「ううん、気にしないで。私はビール。ジャーマネは?」
「ウイスキーをロックで」
ママがここまで動揺するなど誰も思っていなかった。テキパキと飲み物を用意するママの背中からは、晴れない気持ちを感じ取れるほど小さく暗く見えた。
「はいこれ、ビールとウイスキーね。」
「ありがと」
「いただきます」
「じゃあとりあえず、乾杯しよっか」
「はい」
女は軽やかに、男は重々しくグラスを鳴らす。二人は喉を鳴らし勢いよく流し込む。女は卓上の手作りっぽいコースターにグラスを置く。男はロックグラスの冷たさが今は心地良かった。それぞれの飲み方で落ち着きだしたところで、いつもは彼女が話し出すのを待つママから珍しく話を切り出した。
「どうして辞めちゃったの?馬鹿にされた?いじめられた?それともストーカー被害とか?ライブ中に怪我でもした?は!?まさか喉の病気とか?いやそれとも・・・」
「ちょっストップストップ!」
いつものママからは想像もできないほど冷静さを欠いた言葉の連鎖に彼女はたじろいだ。いつもは暴走してアイドル熱を語る彼女をママが諫めていたのに、今日は逆転していることに彼女は驚いた。
「別に誰かのせいとかじゃないよ。ただ、私が折れちゃっただけ。もう若くないし、いつまでも売れないし、いろんな人に迷惑かなって」
「そんなことないわよっ!!」
ママはすごい剣幕で否定した。
「いい、あなたは世界でその魅力をいろんな人に振りまく使命、いや天命があったのよ。それにあなた自身だって辞める気なんてないって豪語してたじゃない。一体なにがあったの?」
ママは彼女のこと理解しているからこそ、そんな言葉を投げかけた。その言葉に彼女も気持ちを理解し、すべて打ち明けることを決めた。
「クビだってさ、私」
「今日はもう帰りなさい。いまから事務所に行くから、店仕舞いよ」
ママは着物の袖と褄下を捲し上げ、今すぐにでも行かんとする様子だ。
「やめてください!?何しようとしてるんですか!」
マネージャーが席から立ち上がってツッコんだ。でもすぐにママは口を開いて、マネージャーに言葉を投げた。
「あなただって、彼女がいなくなってマネージャーを続ける意味ないじゃい!あなたがこの子を紹介したんでしょ!最後まで支えなさいよ!」
するとその言葉に少し苛立ったのか、いつもは物腰柔らかなマネージャーも声を張り上げて言った。
「僕だってすごく反対したんです!クビを取り消すよう最後までやれることをやったんです!でもダメだった!守れなかった!だから!」
少しらしくないと思ったのかマネージャーは小さく息を吐いて、自分を落ち着かせた。そして言葉を慎重に選んで続けた。
「だから僕も辞めました。クビの原因は僕にもありますので」
「ふたりともやめてよ。私はもういいんだって。十分やった。こんないいマネージャーに恵まれて、こんなに熱心なファンがついてくれて。十分幸せ。だからありがとね」
ウイスキーの氷が溶けて崩れる音がした。コップの水滴はその数を増やし、もうコースターでもカバーしきれない。
「続けれるなら」
ママが口を開いた。
「やめなきゃならないことなんてなければ、まだアイドルでいたい?」
「あったりまえ!いつだって心はアイドルだもん」
考えるより先に口が動いたような、心で応えた、そんな答え方だった。
マネージャーも同じらしく、続けて答えた。
「彼女が世界を虜にするまで支えたいんです」
私たちの答えを聞いてママは嬉しそうに、だけどどこか不穏な感じを孕んだ微笑みを私たちにむけた。瞬間、空からなにか降ってきたような気がして上を見たが、もちろんあるのは暗い天井だけ。
だが彼女はこの時、今日の夜空は綺麗だと確信した。
そしていつものように酒を体に取り込み始めた。
「私はいつでも見守ってるから」
飲んでる途中に誰かが呟いた。
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