第23話 

 このまま紋章陣をイメージする。初めてなので簡単な紋章陣で火を起こす。紋章学を学び始めるとまず最初に描く紋章陣だ。頭の片隅ですぐに紋章陣がイメージできた。視覚では捉えていない。だが、頭の片隅にその紋章陣を認識している。


 脳内を強化していなければただ気持ち悪い感覚だ。


 その紋章陣を呼び出すために簡単な記号を描く。何も無い所をなぞると、描いた紋章が浮かび上がった。これは物質強化の応用だ。実際にこの空間に触れても物質に影響はない。だが、マナや練気においてはそれが有効である。


 小さな紋章陣を描くように円で結ぶ。すると、脳内で描いた紋章陣の中に組み込んだ記号が反応を示した。円で結んだ記号を塗りつぶすように紋章陣が展開される。それとは対象的に脳内で展開した紋章陣が消失した。簡易紋章の代わりに展開された紋章陣は紛れもなく火を起こす紋章陣だ。それも、陣の組み方もクリスの癖が残っている。


 紋章陣の展開は成功。今度は起動実験に移る。セーネスのレポートでは暴発の恐れがあると記されていた。そこでクリスはある紋章を陣の中に組み込んだ。


 着火対象は前の机の上に立てられたロウソク。燭台の上にある一本だ。


「オン。」


 クリスが短い言葉を発した。それは銃爪だった。言葉を発した直後、紋章陣の起動を確認した。紋章陣の消失の対価としてロウソクに火が灯っていた。


 ロウソクに灯っている火を見たクリスが拳を強く握った。


「できた。これってアレよね、成功したんだよね。」


 クリスの中に達成感と喜びが溢れた。頬が綻ぶ。それと同時に脳内に施した身体強化を解除した。


 脳内に集まっていた気が下り消失していく。呼吸をする度に吐き出しているのではないかと思えた。体を支配しているのは高揚感が激しい倦怠感に変わっていく。何故そんな気分になったのかは分からない。


 クリスは椅子の背もたれに見を預けた。やるせない気分とはこんな感覚なのだろう。


 小さい成果とはいえ目的は達成したはず。だが、溢れた喜びが継続することはなかった。これほど気分は何故か下り気味になるのは不思議だ。自分の感情なのに制御できない。額に触れると熱を帯びていた。慣れない事をした結果なのだろう。そのせいか頭がボーッとしている。


「練気で思考速度も強化できたらいいのに・・・。」


 言葉にしてみたけれど、今はそれが成功するビジョンが見えない。


 いつもなら実験の後すぐに一人反省会を開くのだが、今はその気力すら沸かなかった。クリスは自分の体に起こっている異変の原因が何なのか考察する。だが、今のボヤケた頭で思考しても考えが纏まる訳がない。散々今考えるべき事を考えたが、それ以前の考えるべき内容自体が出てこない。


 要は問題外ってことだ。


「ダメだ。今は考えるのは止めよう。」


 クリスはなんとなく窓の外を見た。人々が城下を行き行き交っている。青い空には入道雲が浮かんでいる。吹き抜ける風が木々を揺らしていた。


 クリスは考える事を放棄して外を眺めていた。しばらく時間が経過すると発熱が収まった。


 その日から練気による記憶領域の強化をほぼ毎日行った。始めの数日はね初日同様の症状があり、ベッドの上でボーッとする時間が必要だった。それでも、回数を重ねていくうちにその時間が減っていった。


 いったい何なのだろうか、医学に疎いクリスでは答えを導き出すことはできなかった。


 それでもクリスは発熱に関してもある仮定を立てた。慣れない身体強化を施したことで負荷がかかったことで、脳が防衛反応を見せたのだとしたら。そう考えると現状では記憶領域における紋章陣の展開、発動は現実的ではない。だが、それはあくまで現時点では。


 そこでクリスはそれの改善策も考えた。そして、出てきた答えはだった。


 その根源にある考え方としては、負荷に耐えられないなら、負荷に耐えられる体になればいいじゃない。元運動部らしいなんとも脳筋な答えだ。


 クリスは自身で考えたトレーニングメニューを毎日淡々と消化した。一週間もすると発熱しない日があったり無かったり。さらに鍛錬を継続していくと、脳の身体強化を解除しても頭がボーッとすることがなくなった。


 三ヶ月の間鍛錬を継続した結果、確実にその成果が現れていく。無理をしなければと但し書きは必要だが、発熱や倦怠感はなくなっていった。


 継続は力成り。確実に成長している、クリス自身にもそれは実感できているし、それが自信になっていった。


 あと数ヶ月間鍛錬を継続すれば、もっと負荷のかかる紋章陣の展開、起動もできるだろう。さらにその個数を増やす事ができれば・・・。その先はクリスの想像で可能性は無限に広がっていくだろう。

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イマジン・マジック・サークル 田子錬二 @tamukai

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