確かな証拠

「お前らが好きそうな表現を選ぶとすれば、『決定的な証拠』ってやつだ」




【野球部】の新キャプテン、高城さんはそう言うと、後輩の無罪を証明する動画ファイルを差し出した。


「これは?」

「昨日の投げ込み練習の映像だ。フォームチェックのために毎回録画してるものなんだが……まぁ、とりあえず再生してみてくれ」


 俺と唯愛は、肩を寄せて提供された証拠を確認する。

 映像は三脚に置かれたスマホで撮られていて、数十秒ほどの短い代物だった。


―――――


―録画映像―


【グラウンド脇、三塁側の壁際に設置されたブルペン】

【投げ込みを終えた須田と高城が会話している】


高城

『んじゃ、10分後にロッカールームでバッテリーミーティングだからな。それまでにマネージャーに肩のアイシングしてもらえよ』


須田

『りょーかいでーす。……あ、ヤッベ』


高城

『どうした?』


須田

『いや、それが、ミーティング用のノートを忘れてきちまったみたいで』


高城

『(ため息)。またかよ、お前ほんとそういうとこ抜けてんな。どこにあるかは分かってんのか?』


須田

『多分、昼休みに読み返した後、間違えて教室の机に入れちまったんじゃないかと……』


高城

『ならさっさと取って来い。俺は先にロッカーで待ってるからな、爆速で戻れよ』


須田

『ウッス、すんません!』


【須田が三塁側ベンチの裏から外に出る】


高城

『ったく、世話の焼ける……』


【苦笑した高城が、左手でキャッチャーミットを外してから、スマホの録画を止める】


―――――


「えーと……」


 映像を観終えたところで、俺は口を開いた。


「これのどこが、『決定的な証拠』なんだ?」

「まぁ、パッと見じゃ訳が分からないだろうな」


 困惑する俺に、高城さんが言う。


「この映像自体に、特別な意味はない。重要なのは……」

「環境音、ですね」


 言葉を被せたのは、映像を巻き戻し確認していた唯愛だった。


「環境音?」

「そう。この部分の音を、もう一度よく聞いてみて」


 そう言うと、唯愛はスマホのスピーカーを俺の耳に当てた。

 須田と高城さんのやり取りが、より鮮明に聞こえる。

 そのおかげで、さっきは気付かなかった、馴染み深い音を拾うことができた。


 キーンコーンカーンコーン……。


「これは、チャイムか?」

「あぁ。【毎日16時半に流れる、特進コース向けの終鈴】だ」


 世の私立校の例に漏れず。

『サンコー』の普通科にも、成績上位者の上澄みを集めた特別進学コースなるものが存在する。

 最難関大学への進学を目指しているだけあって、その時間割は非常にタイト。

 基本の6枠に加えて、特別補講が1枠。実質7時間授業が義務付けられている。


「で、これがどうして無罪の証拠になるんスか?」

「重要なのは、これが16時半ちょうどに流れるっていう点だ」


 俺の疑問に、高城さんが答える。


「目撃者の証言によると【衝突事故が起きたのは16時32分】。

 で、【現場はここから自転車でかっ飛ばしてギリギリ2分って距離にある】」


「……? なら、アリバイは成立しないんじゃないスか?」


 16時半スタートで所要時間2分なら、むしろ事故があった時間ちょうどになるはずだ。


「それがそうでもないんだ。

 このグラウンドの駐輪スペースは、一塁側にあってな。動画のとおり三塁側から外に出て回り込むとなると、1分近く余分にかかる。

 自転車を漕ぐためにスパイクからスニーカーに履き替える手間もあるから、実際はもう少し遅れるだろう。

 つまり【16時半過ぎに三塁側から出た証拠がある以上、問題の時間に須田が事故現場に辿り着くのは不可能】なんだよ」


 なるほど、そういうことか。

 それなら、確かにスジは通ってるかもしれない。


「一つ、質問なんですが」


 そこで唯愛が手を挙げる。


「須田くんは、どうして三塁側から外に出たんでしょう? グラウンドを横切って一塁側出口から出た方が、直線距離は短くて済むと思うんですが」

「この時、グラウンドでは実戦形式のシートノックの真っ最中だったからな。とてもじゃないが、横切るなんてできねえよ。危なすぎる」


 唯愛が顎に手を当て、何事かを考える。

 

「できれば、須田くん本人にも話を聞きたいところですが……」

「……悪いが、それは控えてくれないか」


 そう返す高城さんは、露骨に嫌そうな顔をしていた。


「今は秋季大会を目前にした大事な時期なんだ。こう言っちゃなんだが、ただでさえエースが冤罪をかけられて迷惑を被ってんのに、これ以上引っ掻き回されたら溜まったもんじゃない。頼むから、今くらいは野球に集中させてくれないか」


 まぁ、もっともな言い分ではある。

 俺があっちの立場なら、同じことを言っただろう。


「それもそうですね」


 唯愛も、流石にそれ以上粘ることはしなかった。


「では、ボクたちも無罪を証明する証拠がないか、調査を始めてみます。行こうか、竜司」


 軽い会釈をして席を立った唯愛に続いて、バックネット裏を後にする。


「あの映像だけど、どう思う?」

「まぁ、『決定的な証拠』っていうには弱い気がするが、アリバイとしては十分なんじゃねぇか」

「うん、そうだね。ボクも概ね同じ考えだよ」

「で、これからどうすんだ。仮に須田が無実だとして、真犯人を探すにしても、手がかりなんて何もねぇだろ」

「焦っちゃダメだよ。今はまだ、調査の方向性を決める時じゃない。とにもかくにも、判断材料を集めてからじゃないと」

「例えば?」


 俺が尋ねると、唯愛は補助ステッキをカツンと鳴らした。


「手始めに、自転車を借りてこようか。我がワトソンくん」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る