第5話
※
あたしの左斜め前方、二十メートルほど先。
真っ直ぐ伸びる歩道、その中途に人影が
揺らめく金色のストレートヘアーと水色のフレアスカート。
「別に
誰に言うでもなく、ぼそっと愚痴を漏らす。
あたし――
相手は先日、下校中に悪戯してやったあの女だ。最初はほんの小手調べ程度、耳元にふっと息を吹きかけただけ。そうしたら、びくびく不気味に震えるからびっくりだ。
罪悪感がない、と言えば嘘になる。
だけど、相手があの女なら別にいいだろう、と自分に言い訳をする。
だって、紛うことなき偽善者なんだから。
あの女は〈数得市〉民のくせに、平然と〈ワンダスト〉との間を行き来している。休日になると壁の向こうからわざわざやってくるのだ。ボランティアと名乗っては〈仔豚街〉の保育園で奉仕活動。社会貢献に尽力する聖女様気取りなのだろうか。気に入らない。そういう態度が
実のところ、〈数得市〉側の人間だからと嫉妬しているだけなのかもしれない。あたしだって叶うならそっちで暮らしたかった。だからこそ、自ら掃きだめにやってくる女が腹立たしい。ううん、違う。そんなことない。あたしはただ、あの偽善者を
「あーもう。こうなったら、もっと凄い悪戯しちゃうんだから」
計画変更だ。
ちょっと小突く程度のつもりだったが、どうにも気が済まなくなった。あの女の自宅を特定して、乗り込み暴れ回って大迷惑をかけてやる。
という心中の経緯があり、現在進行形で尾行中なのだ。
電柱の陰よりそっと顔出し様子を伺う。
どうやら、今のところ女は気付いていないらしい。胸と尻ばかり育ったせいで、他の感覚がポンコツなのか。苦労知らずのお嬢様なのだろう。〈ワンダスト〉生まれのあたしに敵うはずがない。
「自宅は……ふぅん。随分と大きいじゃん」
女が入った建物はガラス張りで、角ばったフォルムが美しいマンションだ。これまたあたしとは大違い。圧倒的な格差だ。まぁ、〈数得市〉内と〈ワンダスト〉を比べる方がナンセンスなんだけど。
自動ドアが開いている間に身を滑り込ませる。女とはつかず離れず適度な距離を維持。壁の後ろに隠れながら遠目で覗くと、カードキーを読み込ませているのが見えた。更には暗証番号を入力。セキュリティは万全らしい。女性の一人暮らしでも安心安全、という
重低音が響き、各階へと通じる扉が開放される。このチャンスを逃せば侵入は不可能だろう。女の姿が奥に消えた瞬間を見計らい、何食わぬ顔でマンション内部へと歩みを進める。
如何に堅牢な建物でも、肝心の女がこの体たらくならザルも同義。〈ワンダスト〉では生き残れないだろう。比較的マシな〈仔豚街〉でも十中八九無理だ。これだから温室育ちは。社会勉強としてきっちり痛い目に遭ってもらわないと。
「あれ? なんだか楽しくなってきちゃった」
まるでスパイごっこだ。
クラスメイトの男子がよくやっていた気がする。だけど、あたしにはとんと縁がない遊びだ。そもそも、友達と一緒に遊んだ記憶さえも遥か遠い彼方。ここ三年近くはご
それにしてもこの女、不用心にも程があるんじゃないか。ずっと後をつけられているのに反応なし。どころか、振り返るそぶりすらない。〈ワンダスト〉以前に〈数得市〉でも心配になるくらいだ。いくら目障りな偽善者でも、犯罪に巻き込まれて死なれたら寝覚めが悪い。忠告の一つや二つしてあげた方が良いかもしれない。それこそ、あたしの悪戯を実例にして。
「それにしても、はぁ。なんでこんな高いところに、はぁ、はぁ。住んでいて……。エレベーターを、使わない……のよ」
ぜぇぜぇと肩で息をしてしまう。
どういう訳か、女は階段をひたすら上っている。このマンションは外観からして十階建てだ。既に九階を過ぎたので、彼女の部屋は最上階、という答えに
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