第11話 終わった…… by伊織


「採用」


 ……店に美月を連れて行った瞬間、店長が発した言葉がそれだった。


 今は店の閉店後。

 店長に話を通し、本日面接を行うこととなった。

 予想される質問にも、一応美月と対策は立ててきた……のだが。


 その全てが、たった今無駄になった。


「……いやあの、もうちょっと質疑応答とか」

「必要ないよ」

「いやでも、一応これ面接なわけで……」

「では聞こう、天野伊織くん」


 仰々しい所作で、すっと指を組む店長。


「――もしキミが店長だったとして、彼女の雇用を断るのかね?」

「即決です」

「だろう?」


 ぐうの音も出なかった。

 隣で、所在なさげにしている美月を見る。


 きめ細かな肌。大きな瞳。つんと尖った鼻に、小さく艶のある唇。


 黒髪のロングヘアは潤いに満ち、よく手入れされていることが伺える。

 身長は170を超え、スタイルはまさにモデルのそれ。


 ……美人だ。我が幼馴染ながら、これが美人でなければ誰が美人なのかと思うほど美人だ。


 彼女が接客をしてくれるとなれば、無敵の看板娘となること間違いないだろう。


「むしろよく連れてきてくれた。キミの時給は上げよう」

「いやそれで? 今までの働きはなんだったんですか」

「無論、それも加味してだよ」

 

 ぐっと僕の手を力強く握ってくる店長。

 やや複雑な気持ちで、その手を握り返した。


 すると、横でそわそわとしていた美月が。


「あの、それであたし、いや、私は……」


「ああ、うん。もちろん採用だよ。早速明日、いや今日から研修を受けてもらおう」

「は、はい」

「伊織くん、教育係はキミだ。しっかり教えてあげてくれ」

「……はい」


 まあ、そうだろうな。

 元々このお店は店長が一人でやっていた店で、そこに僕が加わり二人になった。

 席数も多くないから、それで全然回るのだ。


 店長は忙しいし、となると教育に時間を割けるのは、僕しかいない。


「じゃあ……よろしく」

「うん……あ、はい」


 嬉しそうに笑って言い直した。

 ……なんか、このシチュエーションを楽しんでないか? キミ?


「ああ、ところで」


 そこで、ふと言い忘れたように、店長が振り返る。


「? はい?」

「キミ達の関係はなんとなく分かったけど……仕事中は控えるように」

「うぇっ……?」

 

 一瞬で見抜かれたらしい。

 あのご婦人といい、そんなに分かりやすいのだろうか。


 ……これ、学校では大丈夫なのだろうか。

 ちょっと不安になってきた。


「……」


 横を見ると、美月も恥ずかしそうに俯いている。

 ……美人はそんな顔も絵になるからズルい。


「じ、じゃあ。今日はとりあえず、メニュ―を覚えるのと、簡単な注文の取り方からで」

「ん、はい」


 そうして、簡単な研修を行う。

 美月はいつもの無表情ながら、どことなくホクホクした顔をしていた。

 

「……って感じなんだけど。どうだ、できそうか?」

「うん。多分、大丈夫だと思う」

「そか。じゃあ僕をお客さんだと思って、一度やってみてくれ」


 まずは入店時の挨拶から。

 そう言ってひとまず店を出る。


 数秒待って……よし。


 ……ガチャ。



「——いらっしゃいませ」



「……ふぐっ!?」

「ふぐ?」

 

 い、いかん。思わず悲鳴を上げかけた。


 なんという破壊力。ありふれた挨拶でも、言う人間が変わればこうも違うのか……。


 店を開けた瞬間、絶世の美女に出迎えられる。

 ……これ、大丈夫? とんでもなく人気にならない? このお店?


「これは、予想以上だなぁ……」


  いつの間にか近くに来ていた店長が呟く。

 

「店長。まずいです。今からでも採用取り消しましょう」

「え」

「いやむしろ場合によっては時給を倍にするべきかもしれない」


 大真面目な顔でそんなことを言う店長。

 僕、一応一年半働いてるんだけど? 不公平じゃない?


「そういうことじゃないです! このままでは僕達の愛した『ノクターン』が、別のお店になっちゃいますよ!」

「いやいやそうすぐには変わらないさ……多分、きっと」


 自信なさげじゃねーか。

 いやでもまずいぞ。このままでは、美人スタッフ爆誕! とかSNSに流されて、若者が押し寄せることになりかねん。


 僕はこのお店の静かで落ち着いた雰囲気が好きなんだ。

 そんな事態だけはなんとしても……!


「……伊織?」

「……っ?」

「あたし……ここで働かない方が、いい?」

「んがっ……」


 悲しそうな顔で眉尻を下げる恋人。

 やめてくれ。そんな顔をしないでくれ。


 あと店長、その般若みたいな顔やめて。

 そんな顔できたんかいあんた。今まで働いてて知らなかったよ。

 いや分かった。分かったから。


「……い、いや。まさかぁ?」


 引き攣った顔で、そう言う僕だった。



 


 ――それから、一週間。


 要領のいい美月はすぐに仕事を覚え、ホールの仕事は不足なく任せられるようになった。


「――ご注文は、以上でお揃いですか?」

「は、はい……」


 突如現れた美人スタッフに、常連のおじいさんの腰が引けている。

 それを見た隣のおばあさんが、肘で小突いた。


 うぐっ!? という悲鳴に動じることなく、美月は注文を伝えに来る。


「ブレンド二つと、チーズケーキ、モンブラン。お願いします」

「はい……」

「ありがとう。もう大分慣れたみたいだね」

「……いえ」


 謙遜するが、纏う空気は歴戦のそれ。

 元々表情が変わりづらいのもあるが、緊張した様子もない。


 見た目スキル共に完璧な看板娘の爆誕。

 これには店長もホクホクである。


(……しかし)


 店内を見渡す。


 客足は増えたが、客層に大きな変化はない。

 美人スタッフ見たさに若者が押し寄せることもなく、実によかった。


 ……そう考えたのが、多分フラグだったのだろう。


「――で、なんで私が付き合わないといけないの?」

「そう言うなよ柏木ちゃん。俺はただ、伊織に袖にされた傷を埋めてあげようとだな……」

「次それ言ったらぐーで殴る」

「お、おーけーおーけー。いやこの店にな? とんでもない美人の新人が入ったって情報が届いてよ。でも、男一人じゃ入りづらいだろ?」

「……はぁ。そんなことだと思った」


 ……カランコロン。


「お、結構いい雰囲気――」

「……なに? どうしたの――」


「あ、いらっしゃいま――」



「……」

「……」

「……」



「「……え?」」






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