最終話 天正十年 五月末日 黒幕たちの謀議

二条新御所には、誠仁親王を上座に公卿のトップの面々が顔を合わせていた。


 まず口を開いたのは、近衛太政大臣であった。

「此度の件、三職推認でおじゃれば、近衛は太政大臣の席をお空け申す」


 それに対して、一条関白は念押すように話した。

「よもや正親町帝付きの関白を推認を求めるとは、とても思えぬのでおじゃるが」


 誠仁親王は溜息を一息吐くと、集まった者に対して答えた。

「織田前右府さきのうふは、正親町帝の譲位と三職の推認を求めてこられた」


 その場の空気が、一瞬で固まった。


 恐る恐る口を開いたのは、一条関白であった。

「信長は三職を兼任すると申しておるのか?」


 誠仁親王は、ゆっくりと首を横に振った。

前右府さきのうふは、先ずは正親町帝の譲位を所望じゃ」


「そして誠仁が帝位に就いた後に、前右府さきのうふが関白となるつもりだったのじゃ。だから正親町帝の譲位を再三求めていたのじゃ」


 一条関白はガッカリしたように呟いた。

「それでは内基も、いずれ関白を辞さねばならぬのか……」


 確認を取る様に続けて発言したのは、近衛太政大臣であった。

「それでは太政大臣の席を空位にせずとも、良かったのでは?」


 その言葉にも誠仁親王は、ゆっくりと首を横に振った。

「太政大臣には、織田三位中将さんみちゅうじょうを推認せよとの思し召しじゃ。どうしても譲位より先に推認を受けるとするなら、先ずは三位中将さんみちゅうじょうの推認からとの要求であるな」


 近衛太政大臣は、肩を落としてしまった。


 一条関白は思い出したかのように、口を挟んだ。

「それでは、征夷大将軍は不要となるのか?またはに居る義昭に帰洛を許す腹積もりなのか?」


 誠仁親王は、これにも首を横に振った。

「征夷大将軍にも誰ぞを起用するようじゃが、誰を選ぶことやら……」


 近衛太政大臣は、ハッとなって声を出した。

「よもや日向守ではないで在ろうな?やつは土岐家再興を願って居ったはずじゃ。土岐家で在れば、清和源氏の名門。実力を付けた今であれば、幕府も開けよう。何よりも織田前右府さきのうふにとっては扱いやすい」


「それが此度の回答か?」

 その場にいた有力公卿からの声が揃った。


 誠仁親王は、ゆっくりと言葉を選びつつ話を進めた。

「我もここまでとは思わなんだ。しかし仮にも前右府さきのうふは我の烏帽子親同然じゃ。出来得れば、希望通りの官職に就いて頂きたかったのじゃが……」


 御簾の向こうから声が漏れ出ていた。

「六月一日の初日の儀に前右府さきのうふへ三職推認を申し付けるつもりであったが、最早手遅れでごじゃるな」


 そこで初めて下座に座る、稲葉伊予の守から話が出た。

「もしも全ての儀を、某にお預け頂けるので在らば秘策を以って、信長を誅してご覧に入れよう」


 その時、本能寺の企ては決定したのであった。

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