(邪)神への道
英人と明日香、哲将の三人は真っ暗な洞窟をひたすら進んだ。
大聖堂からこの洞窟へと逃げ込んだ二十名以上いた生き残りは、今ではたったの三人になってしまっていたが、最早今の彼等には進む以外の選択肢はない。
時折小休止を挟みつつ、ただただ終わりの見えない洞窟を下り続ける。
三人になってどれだけ時間が経過しただろうか。
一時間か、一日か。
十キロか百キロか。
三人には、時間も距離も全てが曖昧になっていた。
ある時道中延々と語られる明日香のとろけるような呪詛のような愛の思い出語りを聞き流しながら英人はふと思った。
「(そういえば、最後に化け物を見たのはいつだろうか?)」
洞窟は下るに連れあらゆる存在、邪悪で醜悪な気配すら薄れ、狼ほどの大きさの歪んだ蜘蛛のような化け物が這っているのを見たのを最後にしばらくその手の存在を見ていない。
しかし、その理由は考えずともわかった。
いや、本能が理解していた。
あのような恐ろしくも強大な人知を超えた神の如き怪異ですら、近づく事を恐れる存在がこの先にいるのだ。
「明日香さん」
英人の砕けたはずが僅かに黒ずむだけで痛みも感じなくなった腕を愛おし気に引いて進む明日香に声をかけた。
「どうしました?」
英人にとっては彼女も恐ろしい化け物であったが、それ以上にこの先に進むのは恐ろしい。
すぐ後ろを歩く哲将も顔を恐怖に染め上げているが、明日香に意見するだけの力もない。
「この先にいるんですね?」
英人の問いに後ろを歩いていた哲将の歩みが止まる。
「逃げるな哲将」
振り返った明日香の瞳が後ずさろうとしていた哲将の射抜く。
その顔は、初めて会った時のような威厳、若々しくも老練な風格は何処にもなく。
腰を抜かしたその姿は、弱弱しい老人に臆病な少年が入り込んだような歪なそれだった。
「お前は昔からそうだったな哲将。人一倍見栄っ張りなのに、誰よりも臆病であの人とは全く似ていない」
明日香は情けないといった表情で近づくと開いた方の手で哲将と掴み上げた。
「あの人の孫でしょう?あの人はそんな情けない姿を晒しません。あの人は普段はそう見えなくても、いざというときは誰よりも立派でした。あの時もそうです。神に挑んだ時も怯える私の手を引き、率先して前を進んだ。そして、神の血と神の知識を得たのです」
明日香の目は、話していくうちに徐々に興奮し恍惚の怪しい光を灯す。
彼女の中であの人の行いは偉業であり神話なのだ。
「約束の地はすぐそこです」
今行っているそれは神話の再現であり、その狂信によって生み出された脳内麻薬は目の前の根源的恐怖をも麻痺させ、恐れ慄き怯える子供のように泣き震える哲将を引きずり、かつての神話を語りながら一歩、また一歩と神の元へと進む。
「テケリ・リ」
それは、明日香に手を引かれた英人にだけ聞こえた小さな声。
洞窟の壁、岩と岩の隙間に湧き出たタールに似た小さな何かが発していた。
酷く単純で原始的なアメーバのようなそれは、憐れみと嘲笑を織り交ぜた色を浮かべた目を英人に向けるとズルリと岩の裂け目に消えていった。
それはわずかな出来事であったが、英人がそれの意味を知るのはすぐ後の事であった。
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