あの人と同じ所へ

「そろそろ行こう」

 どれほどの時間が経ったか、明日香が小さな声でそう言うと一同は沈痛な面持ちで静かに移動を再開した。

 皆にすぐに言いたい事、叫びたい思いがあったが、誰にもそれを言う権利はなく、何よりこの場で声を発する事すら恐怖していた。

 英人が発言するまで一時間以上、誰も一言も発する事はなかった。

「あれは一体何なんです」

 その声にはアキラを救う事の出来なかった自分への批判と自分を引き留めた明日香への抗議が籠っていた。

「この地にいる化け物の中でも比較的安全な類の一種です」

 それを聞いた者は皆身を震わせた。

 死を超越した存在であったアキラを一方的に蹂躙したアレが安全な類。

 多くの者がやはりあの場で死ぬべきだったと後悔した。

「アレを倒せてもその際の戦闘音で他のもっと厄介な化け物を呼ぶ危険性がありました。あの場合ああするしかなかったんです」

 英人はその言葉に納得しつつも自身の不甲斐なさにやるせない思いを抱き、強くこぶしを握り締めた。

 まさに人生の終わりと薄暗い絶望的空気が一行を支配する。

 そんな中一人の男が勇気を振り絞り声を上げた。

「あの……明日香様。引き返す事は──」

「ありえません」

 即座に断言する明日香に男はなおも食い下がろうとした。

「しかし、このまま進んでも生還の可能性は──」

「黙りなさい」

 その声は静かだった。

 しかし、重く、強く、一言で有無を言わせず男を黙らせた。

「誓いを忘れたのですか。立つと決めた時から命を賭す事は承知の上だったでしょう」

 明日香に慄き震える男。

 彼女は諭すように脅すように続けた。

「神に至る道は困難でしょう。しかし、たどり着けさえすれば開けるのです──」

 明日香は僅かに夢想するように天井を仰いだ。

「──実際あの人はあの時たどり着きました」

 あの人が誰を指すのか、たどり着きどうなったのかこの時英人にはわからなかった。

 しかし、他の者は知っているのか押し黙り頷いた。

 頷きながらも彼らの脳内には迷いがあった。

 あの人には可能だったが、自分達に可能なのか?

 いったい何人が神の御許までたどり着けるんだ?

 そもそも、神の御許にたどり着いて無事でいられるのか?

 誰も疑惑を持たずにはいられなかったが、明日香に逆らえる者はおらず、何より他に道はなく従うより他なかった。

 押し黙る一行を見て明日香は頷くと、英人に笑いかけた。

「行きましょう」

 英人は頷くしか出来なかったが、明日香はそれに満足し彼の手を握ると歩みを強く進んだ。

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