第一章:人工楽園④

 仕事を終えたウェンディが『銃と鉤爪亭』に立ち寄ると、不死鳥がシャロンと共に赤色のスープのようなものを囲んでいた。

「おかえり、ウェンディ! 今日のおすすめはカブのフルコースだよ」

「カブって……もしかして、あのカブの?」

「うん。小分けにして、やっと畑から持ってきたんだ……いまルー婆がピクルス一年分くらい漬けてるけど、それでも余るから、シャロンがスープ作ったんだけど」

 不死鳥の微妙な顔で何となく察しがついた。

「いやフルコースはちゃんとルー婆が作ってくれるから! シャロンの料理がマズ……いや、うん、あの」

「……」

 シャロンがぷくっと頬を膨らませた。

「ミキサーでドロドロにしてあるから、なんか、うん……何でミキサーかけたの……しかも野菜の味しかしないんだけど……」

 素材の味を活かしました、ということか。赤子の頃からルー婆に育てられたらしいが、シャロンには料理のセンスはないらしい。

 ドロドロのカブのスープを果たして味わってみるべきか、自身の平穏のためにやめておくべきか、ウェンディが悩んでいた時だった。

 チリンとチャイムが鳴って、人影が『銃と鉤爪亭』に入って来た。不死鳥がそちらを振り向き、声をかける。

「あ、サロメ。おかえり!」

 初めて聞く名前に、少し引っかかりを覚えつつウェンディも振り向いた。絶世の美女がそこにいた。

 ――サロメ? あの顔……まさか?

 初めて会う、しかし見覚えがある。さらりと背中に流れる長い黒髪と琥珀色の瞳を持ち、一目見れば忘れられないだろう、美しく整った顔立ちをしている。間違いない、手配書で見た。あれほど美しい人間はそういない。

 聖ヨカナーンの首を跳ね、ユダヤ王国を追放された指名手配犯であり――聖主教会が血眼になって探している、彼らにとって決して見過ごせない大罪人へロディオ=サロメ。

 世の中の全てがつまらないというような表情をして、彼女――いや、ウェンディの知識が正しければ、彼の筈――は歩いてきた。

「喉が渇いた」

「それ俺のソーダなんだけど……まあいいけど」

 シャロンが厨房に引っ込み、アップルソーダの瓶とグラスを持ってきた。

 ウェンディのポケットで、無線機が小さく震えた。


   ◆◆◆


 アパートの自室に戻り、ウェンディは無線機を取り出した。呼び出しに応じると、砂嵐のようなノイズの合間に、男の声が聞こえてくる。

『……るか……おい、聞こえるか?』

 無線機を壁に向けると、白い壁紙を背景に、見慣れた男の姿が現れた。

『どうも電波が悪いんだが……まあいい。調子はどうだ?』

「不死鳥は確認したわ。機会を見て連れ出すから、ピックアップをよろしく」

『精々上手くやれよ』

 それから、とウェンディは付け加えた。

「へロディオ=サロメがいたわよ。あなたたちの探している……」

『何だと?』

 ノイズだらけの映像越しにも分かるほど、男の顔色が変わった。

 今まで、どんな奇跡を前にしても、つまらなそうな顔しか見せない男だったのに――。

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